その名をもって生まれた時、すでにおのれの生き方は定まったと思ったのです。
これは青葉だけのことではなくて、他の子たちも、やはり大なり小なり、そういうところがあると思うのです。
たとえば当代の雷さんと電さんです。おふたりとも、とてもやさしくて、雷さんはあかるくはきとして元気で、すこしおせっかいさんです。電さんはおとなしくて、とてもやさしい子ですが、すこしおっちょこちょいで、しばしばけつまづいてひとや壁にぶつかります。古昔を思えば、なるほど、と納得できます。
さて、青葉です。今、呉の鎮守府に身を置いています。
ここで青葉という名を得て二度目の生を受けたまわった時に、やはりここで死を受けたまわろうと思ったのです。
初陣もすまさないうちに、死地を決めたのです。
昔、同じ名前の青葉が、最後に着底したところに足を運んでみました。やはり、よく見えたのです。古鷹山です。
青葉たちの国で、海に関わるひとたちの中で、この山を知らないひとはいません。この山は船と船乗りにとって航海を導き守護する霊山なのです。鷹は霊鳥なのです。
だから、船と生まれたからには、
「今度また沈む時は、やっぱり同じようにあの山を仰ぎながら沈みたいですね」
と衣笠に言ってみたところ、たいそう怒られてしまいました。
彼女の言うには、呉鎮守府が激戦地になるようなことはあってはならないのです。言われてみれば、そのとおりです。なにせ、ここ、本土です。怒られたので謝りました。でも意見はかえませんでした。やはりここで戦い尽くして死にたいのです。
ところで、重巡洋艦の命名則は山にあります。青葉の名前も山から採られています。有名どころだと鉞かついだ金太郎の足柄さんでしょうか。
古鷹山の古鷹さんはまだいません。
加古さんがさびしがっているので、早く呉に来てほしいなと思います。加古さんのためにもそう思います。
でも、青葉は、青葉のために、古鷹さんに早く来てほしいような、来てほしくないような、そんな気持ちです。
そういう気持ちを正直に吐き出せる相手は、やはり衣笠くらいなもので、昔話をまじえながらぐだぐだと吐露したのです。会って謝りたいです。どのつらさげて会えばいいのかわからないので会いたくないです。
「ばか」
と言われました。頭をこづかれました。暴力はよくないと思います。
季節が一巡りしました。
古鷹山の古鷹さんはまだ来ません。
青葉はまた、自分の死に場所予定地に行きました。
古鷹山がよく見えます。
背中の艤装に鷹が一羽、落ち着きなく乗っています。
青葉は最近、鷹を飼いはじめました。昔、青葉は鷹を飼っていたのです。
鷹に名前はつけていません。名無しの鷹です。名前がないのはかわいそうだと衣笠に言われたので、ナナシとつけました。ナナシの鷹です。
よく迷子になります。
青葉のことじゃなくてナナシの鷹のことです。
かってにどこかへ飛んでいっては帰って来ないのです。帰巣本能をもたないのでしょうか、この子は。自力で戻って来たことがありません。いつも青葉が捜しにいって見つけて、連れて帰るのです。
ナナシ鷹は加古さんのお腹がお気に入りのようです。よく一緒にお昼寝をしています。行くところがワンパターンになってきたので、捜すのが楽になりました。前は呆れるくらい遠くまで行っていたものですが、もう鎮守府の敷地内から出なくなりました。加古さんのものぐさが伝染したのでしょうか。
当代青葉は写真を撮るのが好きです。
加古さんとナナシ鷹がお昼寝しているところをぱしゃりと一枚、撮りました。
古鷹山の古鷹さんはそこにはいません。
鷹がいなくなりました。
加古さんのところに行きましたがいませんでした。
鳳翔さんや間宮さんのところにもいません。(たまに餌をねだりに行くのです)
また以前のようにえらく遠くに行ったのでしょうか。
そう思いながら、青葉の足は、なんとなく古鷹山に向かいました。
一週間くらい捜索したのですが、鷹は見つかりませんでした。
古鷹山の伝説を、ふと思い出しました。
船乗りはついに鷹を見つけられなかったのです。
青葉は古鷹山のよく見える、着底予定地に行きました。
古鷹山がよく見えます。
司令官にもらったカメラを構えて、古鷹山を撮りました。
昔、青葉が着底した場所からは、古鷹山がよく見えます。
この場所は、今の青葉の死に場所予定地です。
青葉はカメラを構えました。
レンズの中には古鷹山の古鷹さんの後ろ姿があります。
むこうはまだこちらに気づいていません。
でも、青葉もむこうに気づいていなかったのです。
古鷹山を撮ろうとしたら、突然レンズに古鷹さんが映ったのです。
「わっ」
と青葉は驚いて、カメラを離しました。
海の上に、古鷹さんが立っています。
「わっ」
と古鷹さんも驚いて、びくりと肩をふるわせました。
その肩に乗っていたおちつきのない鷹が、慌てふためいてどこかへ飛んで行きました。
古鷹さんがこちらにふりかえりました。
青葉はいったい、どのつらで古鷹さんと対面しているのでしょうか。
古鷹さんの目に青葉がどう映っているのかわかりません。
青い空が、急に翳って、ざあざあと、雨が降りはじめました。
ごろごろと、雷の音が鳴り響きます。
波が高くなってきました。
青葉は、自分でもわからないのですが、またカメラを構えて、ぼんやりとこちらを見つめる古鷹さんを、ぱしゃりと一枚、撮りました。
古鷹さんは雨が目にはいるのか、すがめて、片手で雨粒を払いながら、こちらに近づいてきて、青葉の手を取りました。
「風邪ひいちゃうから、はやく帰ろう」
と古鷹さんは言いました。
「どこに帰るんです?」
と青葉は言いました。
青葉は呉鎮守府に来て長いです。
古鷹さんは呉鎮守府にいたことがないです。
青葉の帰る場所ではあっても、古鷹さんにとっては、まだそうではないです。なんて、まあまったく重箱の隅をつつくようなことでしょうか。いじわるなことを、青葉は言ってしまったと思います。
古鷹さんはすこしさびしそうに笑って、
「みんなのところに」
と言いました。
そのみんな、というのは、みんなと言いつつ、きっと、加古さんのところに、という意味なのだと、青葉は思います。ただの思い込みかもしれません。
加古さんはきっとお腹を出して眠っていると思います。
雷がごろごろ鳴っているのです。
閻魔様におへそをとられてしまいます。
そんな冗談を言うと、古鷹さんは、すこしはにかんで、
「それはたいへんだ、早く戻らないと」
と言いました。
古鷹さんは青葉の手を離して、駆け足で走りはじめました。
青葉はまたカメラを手に、古鷹さんの背中を撮りました。
雨がざあざあ降っています。
波が高くなっています。
ちゃんと撮れているか不安です。
青葉も走りました。
古鷹さんを追いかけます。
後日、現像した写真は、やはり手ぶれが酷くて、雨にもまぎれて、古鷹さんはよく見えませんでした。
青葉はその写真をくしゃくしゃに握り潰して、ごみ箱にぽいと投げ入れました。
衣笠がごみ箱から写真をとりあげて、くしゃくしゃにまるまった写真のしわをのばしています。
青葉は衣笠にはかまわないで、カメラを手に、加古さんと古鷹さんの部屋に行きました。
外では雨が、ざあざあと降っています。雷もごろごろと鳴っています。きっと波は高くなっていると思います。
加古さんが眠っています。
古鷹さんも眠っています。
身をよせあって、しあわせそうに、お昼寝しています。
青葉はふたりを、ぱしゃりと一枚、撮りました。
古鷹さんとは、あの日以来、まともに顔をあわせていません。だから、お話もしていません。この時間帯はふたりともお昼寝しているので、青葉は堂々と古鷹さんの部屋に行けるのです。
青葉は訊いてみたいのです。
古鷹さん、古鷹さん。青葉をかばって、青葉を生かして、戦って、死んだ、古鷹さんです。古鷹さんは、ほんとうは、だれをかばいたかったのでしょうか。だれを生かしたかったのでしょうか。だれのために戦って、死にたかったのでしょうか。
青葉は思うのです。
艦娘と呼ばれる存在は、みんな、その名をもって生まれた時、すでにおのれの生き方を定められているんじゃないでしょうか。
古鷹山の古鷹さんは、だからきっと、あの鷹のように、あの古鷹のように、生きて、死ぬような気がして、青葉はならないのです。
青葉はそれがたまらなく不安なのです。
昔の青葉の着底箇所からは、古鷹山がよく見えます。
古鷹さんを仰ぎみながら、今の青葉は死にたいと思います。
これは衣笠にも言わない、青葉だけの秘密です。
了