まどろみに寄り添う

 空にはすこし雲がかかっているが、太陽はかくれておらず、気温といえば、日射しがちりちりと髪を焦がすことはあったが、体は多少の肌寒さを感じていた、上着を一枚多めに羽織った北上は、寮の中庭に出ると、だれの趣味なのか周囲の景色にまるで融け込むそぶりのない一本の棕櫚の木の下に腰かけ、ついで大の字に寝転がった。
 そのまま目をつむり、すんと鼻を鳴らす。今日は草のにおいが、いつもよりつよいかもしれない。それからゆっくりと深呼吸する。息が爽やかである。絶好とまではゆかないが、なかなかの昼寝日和だと北上は思った。当然、気分はよい。
 まどろみに落ちる前に、一度目をひらき、棕櫚の葉の隙間からのぞかれる空を見上げた。こんなによい天気なのに、鳥の一羽も飛んでいない。鳥のいない空は平和なのか、どうか。ふとそんなことを考えて、
「やアめやめ、センチメンタルなことはやめましょオ」
 と自分に言い聞かせて、また目をつむった。
 時々そよりと風が立って、棕櫚の枝葉をゆらしている。小気味よい音が北上の耳にとどいた。その音のあいまを縫うように、同僚の喧騒が遠く、はるか遠くから、かすかに聞こえる。それらの音にやがて北上の寝息がまざるようになると、彼女はすでに、夢の中にあった。……

 大井は北上を見下ろしている。
 棕櫚の影の下で眠る北上を、大井はじっと見つめた。
 昼寝好きの北上の、まどろむ彼女の寝顔は、いつもどこか(すくなくとも大井の知るかぎりでは)苦しげで、起きている時は絶えず明るく颯爽としている眉も鼻梁も、今はやはり、暗く重く翳っていた。
 夢見はよくないのだろう。眉をひそめて眠る北上がどんな夢を見ているのか大井は知らないし、北上も話さない。見た夢の内容をおぼえているのかいないのか、それさえ、不明のままである。
 大井は棕櫚の幹に背をあずけ、嘆きを含んだ息を吐くと、膝を折って、そのままずるずると、北上のとなりにしゃがんみこんだ。
 棕櫚の葉がゆれて、日の光がさっと射し込んでくる。それはちょうど北上のまぶたのあたりに射したようで、彼女はまた、苦しげに眉をうごかした。
 大井はひたいに手をかざし、棕櫚の葉のむこうで燦と輝く太陽を睨むようにあおぎみた。するどい視線を嫌ったわけでもないだろうが、太陽はすぐに雲にかくれて、日射しを弱めた。
 大井はまなざしを下げると、また粘性のある息を吐いた。
 遠くに喧騒が聞こえる。
 そちらに目をやると、あの影はおそらく天龍だろうか、ちいさないくつかの影をつれだって、せわしなく走り回っている。遊んでやっているのか遊ばれているのか、どちらにしろ大井はみょうにおかしくて、口もとに微妙な笑みをつくった。北上があれを見れば、
「おお、今日もうざいねえ、あのちみっこいのたちはさ」
 と情のこもらない声で切り捨てたかもしれない。
 北上はあいかわらず眠っている。
 大井は北上の安らかとは言いがたい寝姿を、よほどはげしくゆさぶって起こしてしまおうかと思った。が、起こせば北上は怒るだろう。安眠を妨害されたと言って――
 棕櫚の木の下で、大井は、頭上の棕櫚の葉と、足もとの北上の寝顔を、交互に見た。それを繰り返し、日が沈んで、北上が起きるのを待った。
 細い高い鳥の鳴き声が聞こえた。
 雀が一羽、雲の増えた空を飛んでいた。

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