演奏の終わり際、恭介はふと、幼馴染みのさやかの声を聞いた気がした。
もちろん、さやかはすでに亡くなっているのだから、本来は聞こえるはずのない声である。たとえ生きていたとしても、とても恭介の耳に届く環境ではない。
――そういえば、お盆が近かったかな。
せっかちというかそそっかしいさやかは、一足先に戻ってきてしまったのかもしれない。そう想像してみると恭介はむしょうにおかしかった。
不思議なのは、さやかとは別の声が起こったように感じたことだ。幼い女の子の声のようで、恭介には覚えのない声でもあった。
恭介は、やがてその声の主に思い至った。
これはさやかの友達の声だ。
声そのものを思い出したわけではない。それでも恭介は、さやかの友達に違いないと信じた。
いつの頃からか、さやかはひとりの女の子の手を引いて行動するようになった。恭介が彼女の姿を見つけたと思った時には、たいていにおいてその女の子がそばにいた。一緒に遊んでいた。
その子の顔も声も名も、今となっては恭介はもうどうしたって思い出すことができないが、自分の幼馴染みが、さやかが、その子の名を呼び、身体に触れ、恭介からすると少しもおもしろくない妙ちくりんな冗談で、その子から笑顔と笑声をひきだしていたことだけは、確かな過去の出来事として恭介の記憶に存在していた。
恭介は、時々記憶の底に目をやっては、その思い出がこれ以上自分の過去から抜け落ちてしまわないように努めた。
ひょっとするとそんな子は最初からいなかったんじゃないかなどと言って、自分の記憶を疑うことは、さやかの親友として断じてあってはならなかった。
記憶の中では、さやかもやはり笑っていたからである。そのあざやかな笑顔は恭介にとって忘れようのないものである。それは決して自分や自分のよく知る人たちに向けられたものではない。
――あれは、あの女の子のためのものなんだ。
と、彼はちゃんと知っていた。そしてあの笑顔が、自分の知る中でもっともうつくしい美樹さやかの在り方の一つであることも。
少女の身を構成する要素の何もかもを忘れてしまっても、その子がかつてさやかと共にあり、さやかと共に笑っていた、それを目撃した目を切り捨てることは、さやかにとって不本意に違いなかった。
――そうか、こんな声だったんだ。
その声がさやかのとなりにある。あの気の好い幼馴染みは死んだあともひとりではなく、あの世でも相変わらず多くの友達に囲まれているのだろう。
それを実感できたことが、もしかしたらこのコンサートにおける一番の成功だったかもしれない、と恭介は思った。
恭介は観客席を見渡した。
大観衆の中にまぎれた恋人の姿が、いやにはっきりと見える。
彼女は恭介には興味がないらしく、しきりにあちこちに視線を飛ばしてなにかを探しているようだった。
恭介はかすかに笑った。
彼女の行動の理由はわかりきってる。
忘れて忘れられない、青春時代の痕跡だ。
了