その夜の美優ときたら、だれがみても泥酔していた。ふだん泣き上戸なところのある彼女がさっきからかなりのご機嫌で口数も増えているのだから、まさに泥のように酔っぱらっている。
犯人はわかりきっている。テーブルを挟んで正面に座っている、あのひとたちだ。いかにもほほえましいものをみつめるような目で、心の底からたのしそうに笑っている。
――まったく……。
いい歳のおとなたちの仕掛けたいたずらに呆れるのは簡単なことだったかもしれない。が、美波にはできなかった。
なにせ自分も笑っている。心の底から、なんてものでは全然ないし、まるでものたりないけれども、それでも真実うれしかったのだからこれは仕方がない。泥酔したときにしか、こんなふうに抱きしめて愛の言葉ひとつささやくことをしない、そういうひとが自分の恋人である以上、仕方がないのだ。
――ほんとうにこのひとは。
だから、美波が呆れるように溜息を吐いたのは瑞樹や楓に対してではなくて、美波をぎゅっと抱きしめたまま、上機嫌な声で「好き」とか「愛している」とか言いつづける、この酒臭くてあたたかい体温に対してだ。
シンデレラガールズ/新田美波
美波は、ゆっくりと慎重に、凍った道路を踏んだ。
半歩ほど前を着ぶくれした美優が歩いていて、時々気遣うようにこちらをふりかえった。だいぶ着込んでいるので、美波には、どちらが背でどちらが腹なのか一瞬わからなくなる。
ずる、ずる、と通行人たちの苦戦の音がきこえる。生粋の東京都民もいれば地方からの上京者もいるだろう。
自分をふくめ、みな美優より軽装なことに美波は気づいた。
寒がりなのよ、と布のすきまから覗かれる瞳が明朗に笑う。
シンデレラガールズ/新田美波
ただのルームメイトからただの友人へ格下げされてしまった。恵の認識としてはひとまずそんなところだった。
もうとなりあってテレビを見ることはなく、まどろむ彼女の頭が恵の肩に乗ることもない。寝込む彼女の介護役もめでたく解任だ。
恵には自分の命を分け与えることはできない。だから、生まれた瞬間に勝負は決まっていた。不公平な話だ、まったく。
はやて×ブレード/増田恵
――この人は……。
美波はあきれたように楓の横顔をみた。とにかく美貌の女性である。肌が白く、眉が涼やかで、唇に艶がある。ひとは楓の目をとくに誉めるが、美波は耳のかたちが好きだった、雑に髪をたばね、安物の酒をあおる。場の干渉を排除した、高垣楓自身がはなつ、きわめて完璧な美だ。
シンデレラガールズ/新田美波
これほどあざやかな生命の活動を文香は見たことがない。ただ元気がいいとか活発だとかいうものではない、日野あかねは完全な生命の燃焼だ。ちいさな太陽だ。文香はまぶしげに目をほそめる。
「文香ちゃん、あっちにアイス屋さんがありますよ!」
声は引力であり、手を曳かれたら、公転するしかない。
シンデレラガールズ/鷺沢文香
「美波ちゃん、あれ……」
と美優が指さしたさきで、イルカを模した銀のネックレスが、夕日をうけて奇妙な銅色を反射していた。赤いイルカである。美波の胸もとにそれをかざした美優は薄く笑った。美波の胸には美優の贈ったトルコ石が青くきらめいている。それこそふさわしいとその笑貌は言っている。
シンデレラガールズ/新田美波
「美優さん? もしもし、美優サァン」
わたしはさかんに呼びかけます。
のぼせたようにまっかな顔をして、ぐったりと畳の上にたおれています三船美優さんです。
「みーゆさん」
ゆさゆさ。からだをゆすってみます。
「楓ちゃん、あんまりそういうことしちゃ駄目よ。……ったくもう、すっかり潰しちゃってえ」
そういう瑞樹さんも飲むペースが落ちてまいりました。
テーブルの向かいは瑞樹さん曰く「死屍累々」ですって、美波ちゃんがひっしにみんなの介抱をしています。わたしも手伝うと言ったらやんわりどころかきっぱりと「駄目です」と言われました。あらら。
わたしだけ、まるでまだしらふみたいだから、ちゃんと、みんなのめんどうもみられると思ったのですが……。
いえ、きっと酔っていますね。べろんべろんに、美波ちゃんの見立てどおり、酔っているにちがいありません。
だってこんなにたくさんのひとと一緒にたくさんのお酒を、おいしくいただいて、どうして酔わないでいられましょう。
だから酔っているんです、わたし。
このお酒に、この空間に、この幸福に。
きっとみっともないくらい酔っ払っているのでしょうね。
シンデレラガールズ/高垣楓
三船美優は夢をみた。
ちいさな女の子が、指にサンダルをひっかけて、裸足になって、浜の汀を歩いている。夕暮れの色に染まった波がちいさくよせてはかえってゆく。
わたしはその女の子のことを知っているようで、なまえを呼んだ。もう帰る時間だからと。
女の子はずっとわたしに背をむけていたが、わたしの呼ぶ声が聞こえたとみえ、さっとふりかえって、にこりと笑った。
サンダルを履いて、女の子はてくてくとわたしのほうにちかよってきた。わたしはその子の手をとると、ちいさな手がにぎりかえしてきた。
たのしかった? と訊くと、うん! と、元気な返事があった。
その子は、たれめがちで、ショートカットで、それからかわいらしくうつくしいなまえをもっていた。
女の子もわたしもおたがいのことを知っているみたいだった。
赤の他人のはずなのに、どうしてか、おたがいのことを知っていた。
――みなみちゃん。
そう呼ぶと、
――なあに、みゆおねえちゃん。
にこにことかわいらしく笑うのだ。
堤防の上でわたしと同い年くらいの女性がくるまをとめて待っている。たがいちがいのひとみのうつくしいひと。
手をつないで、砂浜を歩き、その堤防の真下にまで行った。のぼってゆくにはすこし高い。くるまのあるところまでゆくには、とおまわりをしなければならない。
つきあいますよ、と言わんばかりに、ひょいと身もかるく、ひとみのうつくしいそのひとは砂浜にとびおりた。
――帰りましょうか。
鳥がさえずるような声でそう言った。
三人手を繋いで砂浜を歩いた。
そんな夢をみた。
シンデレラガールズ/三船美優
友達になりたいと告白しました。道端で拾った女の子に。(意味深な言葉づかいに思われるかもしれませんが、ほんとうに拾ったんです)
お返事はそのときには聞けず、そのあとも全然聞けていません。あらためてお願いしたほうがいいのかなと思っています。
なにせ態度が微妙によそよそしいんです、彼女。クリスときたら。響とはあんなに仲がいいのに、わたしとは大違い。
理由はだいたいわかっています。翼さんにぽろっとこぼしたことがあるそうで、その翼さんから聞きました。
恩人、らしいです。わたし。
たしかに助けたと言えば助けたことがあります。それに恩を感じつづけているからそうなっているみたいです。
べつに恩を感じるのはいいんです。恩返しも、べつに、いらないともいるともわたしはいいません。
ただそこからちいっとも、わたしのポジションがうごいていないのが、ちょっとさびしいだけなんです。(敵だった響や翼さんたちとはすっかり仲良しなのに、なんで最初から味方だったわたしはこんなおいてけぼりをくらっているんでしょう)
あーあ!
いつになったら名前、よんでくれるのかなあ……。
戦姫絶唱シンフォギア/小日向未来
高垣楓はどこまでいっても高垣楓である。
それ以外の何者にもならないし、何者も高垣楓にはなれない。
彼女は気高くうつくしい。(ついでに気さくで呑兵衛だ)
彼女は澄んだ歌声をもっている。(絡み酒の声はすこしにごっている)
彼女は孤高の人である。(孤独ではない。まわりが彼女をひとりにはしないから)
彼女のまつげはながくきれいである。(この酩酊した上眠りこけてうごかないでかい図体を、高層マンションの上階の部屋まではこぶことのなんと困難であることか!)
彼女はどうやら十九歳の若い後輩がお気に入りらしい。(お酒の相手をさせているが後輩はまだお酒は飲めない)
わたしなんかが話し相手でつまらなくないですか? と後輩は疑問をくちにする。(それはそうだろう)
さて、どこまでいっても高垣楓でしかない彼女は、それにはなんと答えたのか。(ヒントは恋の一字に尽きること)
(でも言いませんよ?)
シンデレラガールズ/高垣楓
――このひとのこんな顔を、きっとわたし以外だれも知らない。
なにかと卑下しがちな美優にあって、この自信はめずらしいものだった。
楓の全身を、やはり自分の全身で愛撫する。骨張った体を、その体のやわらかな部分を、指で、舌で、愛撫する。
楓の色違いのうつくしい目がゆらぐ。
楓の澄んだうつくしい歌声をはなつ喉が、みっともなくあえぐ。
みっともない。――そうだ、この世のうつくしいもののすべてを集約したような、あの高垣楓が、ひどくみっともない姿を、いま自分の体の下にさらしている。それがどうしようもなくここちよい。これが、美優が楓とセックスをするときに得る快楽というものだった。
みっともないのは美優もおなじだ。裸体をさらしているのは両方で、目をゆらがせているのも、しゃがれた声で名前をよびつづけているのも、ふたりともなのだ。
かわらない。
なにも、かわらない。
――ああ、けれど。
こんなにみっともなく、全身を液体で濡らして、背を反らせて、快楽にふける「高垣楓」の、なんとうつくしいことだろうか。
きっとこんなにも、みにくくてうつくしい裸体を、ほかのだれももっていない。
楓だけが持ち、美優だけが知る。人間が現出しうるもっともうつくしいかたちというものを、美優は知っている。
楓の腹の下にある柔らかい入口の、襞のおおいそこを指でかきまぜる。
楓の嬌声で耳を打ちながら、美優はまたあえぐ。
――わたしだけが所有できる、このひとを。
世界のなによりうつくしい景色を。
(ただし、その不遜な自尊心を知る者はひとりもいない)
シンデレラガールズ/三船美優
十九歳の後輩が先日誕生日を迎えまして、めでたく十九歳になったんですよ。
ええ十九歳に。
いつもお酒につきあわせてしまって、その上酔いつぶれたわたしを家まで送ってくれるとっても面倒見のよいかわいい後輩なんですよ。いえ、もうしわけないとも思っていますし、反省もしていますよ。けれど、つい、甘えちゃうんですよね。ふふ。
十九歳になったばかりの新田美波ちゃんはとってもまじめで、いろんなことにいっしょけんめい取り組んで、だれかが困っていると、さりげなく手をさしのべてあげる、ほんとうに、やさしくて、まっすぐで、よい子なんです。でも、芯がつよすぎて、ぎゃくにちょっとあぶなっかしく感じてしまうこともある子。
十九歳からひとつ歳をかさねて十九歳になった美波ちゃん。すこしおとなになって、いまよりもうすこし、余裕をもって、そうですね、ざっくばらんにいうと、100%でなく60%くらいに体のちからをぬいて、「いいかげん」になってくれると、いいかな、なんて思います。
いつもお酒につきあわせてしまって、わるいのはこちらなのに、まだ未成年でお酒の飲めない自分をもうしわけなく思って、「わたしと飲んでも、つまらなくないですか?」なんてふあんげに訊いちゃう美波ちゃん。とてもとても、やさしくて、まじめな、美波ちゃん。
来年の誕生日成人する美波ちゃん。
そのときは、ずっと、ずっと、何年もまえから、美波ちゃんには、これが合うかしら、と思っていた、お酒、用意して、お祝いできるといいな、って思います。
高垣楓でした。
(けれどその日は永遠にこない)
シンデレラガールズ/高垣楓
コーヒーメーカーが音をたてている。
そろそろかもしれない。
けれど、まだもうすこし、と美優は思った。
ソファに座っている恋人がかわいらしいから、うしろから、ソファ越しに、彼女のながい髪に手櫛をとおすのがここちよいから、まだもうすこし、コーヒーができるまで時間がかかるということにして、美優は美波のやわらかい髪に指をくぐらせた。
そろって休日の午前八時。
美波はめずらしくうとうととして、首をかたげながら、まどろんでいる。うしろからでは顔はみえないが、それでも、かわいい、と思った。
ふだんおとなっぽい彼女にしては、美優になにもかもを任せきったようなまどろみが、ほんとうにめずらしいことだったから。
だから美優は笑った。
コーヒーメーカーが音をたてている。
その音を背後に、美優はこのしずかな空間を、しあわせだと思った。
シンデレラガールズ/三船美優
評判から想像していたのとはずいぶんとちがう印象の娘だった。美波は彼女のことを、もっと自由人だと思っていたし、もっと自尊心が高いとも思っていた。じっさい彼女は自由人で、自尊心も高いのだろうが、想像していたのとはちがっていた。彼女には彼女の規範があって、それにしたがっているように思われた。
自分よりだいぶん高いところにいる天才児(厳密にはそう呼ばれる存在ともまたちがうのがギフテッド≠轤オいのだが、くわしいことはまだ美波にはわからない)が、つきあってみると思いのほかはっきりと一歳年下の少女なのだということ感じた。
たとえば十八歳のこどものひとり暮らしにはとうていふつりあいな大きな自宅の研究部屋(ラボと彼女は言っていた)にこもって一昼夜出てこない。
こういうとき美波が心配して部屋にはいると状況はだいたい二種類あって、徹夜で研究に没頭しているか、そのとちゅうに正体なく眠りついているか、どちらかである。
きょうは固い床に寝転がって眠っていた。熟睡しているわけではなく浅い覚醒状態にあるらしく、美波のけはいに気づいて、かすかに体をみじろがせてみせた。
ほんのすこしひらかれるまぶたからのぞくまどろんだ瞳を、いつも、ふしぎな引力にひかれるように美波は魅入った。長いまつげと、ふしぎな瞳をしていると思った。
床に眠っているのは体を痛めるので、美波はこれについてはいつも彼女を抱きかかえて寝室まではこび、ベッドに寝かせた。最初それをやって意外だと思ったのは、彼女が美波のそうした節介になんらいやがるそぶりもなく、すなおにしたがったことで、それがたいして親しくもなかったころの美波のなかで、他者からの評判でほとんど形成されていた彼女の人物像を、ひとつほころばせた。
甘えるように鼻先を肩口にこすりつけるのも、いまでは慣れたものだが、やはり美波には意外だったのだ。
重量としてはけっして軽いとは言えない力のぬけたからだを、美波の両腕はやはり軽いと思ったし、ふわふわとしてあやういと思ったし、その点で彼女は若いと思った。自分よりも圧倒的に幼いと感じた。そういう娘が自分に甘えてくるのが、くすぐったくもあり、ここちよくもあった。
――こういう子だったんだ。
そう認識をあらためてから、いつか半年ほども経っていた。
ベッドに寝かせて、かけ蒲団をかけてやる。
長いまつげが、かすかにゆれて、一瞬だけ美波をみて、それきりうごかなくなった。
ベッドのそばですわりこんで、美波はまた、いつもとおなじことを考えた。彼女をベッドに寝かせるたびに考えることを、このときもまた考えた。
長いうつくしいまつげにみとれながら、美波はこんなことを考えるのだ。
――あなたを愛している、と言ったら、そのふしぎな瞳はどんな光をともすのだろうか、と。
シンデレラガールズ/新田美波
彼女はたびたび空をみている。
そういうときの空のきげんといえばさまざまあって、雲のほとんどないよく晴れた日があれば、たくさんの雲におおわれてどんよりと暗い日もある。雨が降っているときも雪がふっているときも、彼女は空をみる。白い太陽以外なにもない空をみる。
なにも天気をうかがっているわけではなくて、彼女はただ空をみているのである。
宮本フレデリカは空をみる。
晴天・曇天・雨天いろんな空を、たぶん毎日みている。たぶん、と書いたのは、奏自身、毎日フレデリカと会っているわけではないから、顔をあわせない日のことまでは知ったことではないからだ。ただの推測である。
空に意味があるのか、フレデリカの目に意味があるのか、思考か行動か事象か。奏にその意図はわからない。
ただ事務所のカフェテラやプロジェクトルームでみんなとおしゃべりしているとき、ふっと会話がとぎれたその一瞬、フレデリカのほそくてながいきれいな首がぐるんとまわって、そのなんまるい明るいみどりいろの目が、空へとむけられる。それはほんとうに、奏のあっというまに。
そしてほんのすこしの時間だけ、きっと三秒くらいのあいだだけ、彼女のめまぐるしく移動する好奇心はたったひとつ、空へと集束される。だだっ広い空にむかって、一直線にゆく。
奏や周子がいようがおかまいなしになる。感性で行動するようにみえて意外に理知的な彼女は、それでもそのときばかりは、その場にいるいかなる存在からも関心をはなして、視線を切る。
たぶん空をみるために。
そう。たぶんなのである。
空をみている、かどうかは、じっさいのところわからないのだ。本人に訊いたわけではないから。ただなんとなく、視線の方向がそんな感じに奏にはみえているにすぎない。奏の目にも周子の目にもほかのなかのよい同僚の目にもフレデリカはふとした瞬間に、ちょっとだけ空をみると認識しているが、本人の認識がそれと同じかはだれにもわからない。なにせだれも確認をとっていない。
屋内であれば窓にきりとられた空を、屋外であればビル群に下半分を侵された空を、たぶんフレデリカはみている。たぶん。太陽も、雲も、雨も、雪も月も花も風も鳥も、なんらみていないように、奏にはおもわれた。みているのは、ただ空だけだった。
(たぶん、そう)
一日のうちの三秒間だけ、彼女は空だけをその宝石みたいにきらきらときれいな目に映す。
ほかのなにものも、天地に存在するなにものも、彼女の目には映らない。
ほんとうのところ彼女がなにをみているのか、奏は知らない。
彼女がそれをみながらなにを思っているのか、奏にはわからない。
けれどひとつ、
(そう、ひとつたしかなことがある)
胸に湧くこの感情を言葉にすれば、
――気にいらない。
だ。
シンデレラガールズ/速水奏
新田美波は名前を呼ばない。
幾度も楓の前に裸体を晒し、陰部を掻き回され、嬌声をあげても、美波はけっして楓の名を呼ばない。
情事の時、彼女が、その濡れそぼった唇からもらす名前はいつだって同じだ。同じ名前を、助けを求めるように、あるいは懺悔するように、哀しげな声で呼ぶ。アーニャちゃん、アーニャちゃん。それしか言葉を知らないみたいに。
自分ではない名を聞くたびに楓はいつも体が震えた。下半身から脳天まで快楽をともなった痛みのような衝撃が駆けのぼるのだ。
それが、どうしてなのかなんて、楓はこれっぽっちも考えたことはない。どうだっていいことだった。こんなにもきもちいいのだから、原因なんてなんだっていい。誰の名を呼んだところで、現実、美波の体はどうあっても楓以外のなにも求めてはいない。妄想のなかで誰に抱かれたってしょせん妄想でしかない。美波は楓の下で淫らに踊っている。
高垣楓は名前を呼ばれない。
楓はそれがたまらなく好きだった。その声も。だらしなく開いて唾液を垂れ流す口も、涙でぐちゃぐちゃになった顔も、どろどろになった下腹部も、全部どうしようもなくみっともなくてうつくしいと楓は思った。
そう、こういうのを、あの子風に表現すると、クラスィーヴィ、になるのだろうか。そうかもしれないし違うかもしれない。正解であってもなくても、やっぱりどうでもいいことだった。あの子がこの美波の姿を見ることはないのだから、どんな感想も言葉も浮かびようがない。
楓だけがこのぐちゃぐちゃのみっともない体を見て、うつくしい、と言ってあげられる。美波ちゃんは、うつくしいですね、そう言って、愛撫してあげられる。
高垣楓の緑と青の色違いのふたつの目に映る新田美波は、色違いではないふたつともが青く澄んだ目をどこかに見ている。楓を求めながら楓ではない目を、声を、手を、求め続けている。
だから楓は、この大人の一歩手前にいる無垢で愚かな少女がどうしようもなく愛おしい。
シンデレラガールズ/高垣楓
ミナミ、ミナミ。
最初にわたしに声をかけてくれたミナミです。
いいえ、最初の人ではないミナミです。
最初にわたしに手を差しのばしてくれたミナミです。
いいえ、最初の人ではないミナミです。
最初にわたしにことばをくれたミナミです。
いいえ、最初の人ではないミナミです。
ミナミの前にもミナミのあとにも、声をかけてくれた人、手を差しのばしてくれた人、ことばをくれた人、たくさんいます。
でも、ミナミ、ミナミです。最初はミナミです。
オーチンプリヤートナ、ドーブライェウートラ、ダザーフトラ、スパスィーバ、ニェーザシュタ、カークヴァースザヴート、ミニャーザヴート――
わたしのことばではないあなたのことばです。あなたがわたしにくれたことばです。
最初の人で、たぶん今は最後の人です。このまま最後でいいと思ったり、します。
だから、ミナミ、あなたはミナミです。ミニャーザヴートミナミ、そうわたしに教えてくれた、だからあなたはミナミです。
うつくしいミナミ、やさしい、ミナミ、つよいミナミ。
わたしのたりないことばを、ひとつひとつを、くみとって、ちゃんとしたことばに置き換えて、理解してくれる人。
うれしかったこと。不安をはんぶんこ、させてくれた。冒険するたのしさを知ったこと。ミナミと一緒に。
でも、かなしかったこと、さびしかったこと、くやしかったこと。
夏、おぼえています。忘れられないことです。わたしはミナミの調子がおかしいことに気づいていたのに、半分こできませんでした。
わたしは、ミナミの負担を半分こできませんでした。させてくれなかったミナミをすこし、怒ります。
でもきっと、ミナミ。ミナミは、わたしのことを知っているから、おとなだから、わたしと半分こできること、と、できないこと、ちゃんと知っていたのでしょう。
わたしはそれが、すこしくやしいです。わたしはこどもです。たよりないこどもです。
ミナミ、やさしいやさしいミナミ、わたしのたいせつな人、ミナミ。
プロジェクトのみんなも、寮のみんなも、とてもやさしいです。いろんなことに気をつかってくれます。たのしいことおしえてくれます。とくに、蘭子、スパスィーバありがとう、そう思います。でも。
ミナミだったのはただの偶然かもしれないです。たまたまミナミが最初だっただけで、ミナミじゃなきゃいけなかったわけじゃないかもしれないです。
ミナミよりさきに、オーチンプリヤートナそう声をかけた子がいたかもしれないです。みんなみんな、やさしいです。
でも、ミナミ。
ミナミ、わたしは、最初がミナミでよかったです。
最初にとったこのあたたかい手が、ほかのだれのものでもない、ミナミの手でよかった。わたしはそう思います。
(最後に添えて)
ありがとう わたしの愛するあなた
シンデレラガールズ/アナスタシア
切歌にとって、この手は、さしのばせば、かならず握りかえされるものだった。
調に手をさしのばすのは自分の役目だと切歌は信じていた。
その手は調をいつくしむ手であり、調を救済する手であり、また調を守る手である。そういう手を、求められたおぼえはなかったが、切歌は自分が調にさしのばす手はそうでなくてはいけないと思っていた。いつ頃からそんなことを思いはじめたのか、そのきかっけはなんだったのか。切歌にはもう思い出せない。
手を繋いでふたりで歩いた。繋いだまま、切歌はつねに調の半歩先を歩いていた。ずいぶんと昔のことだ。肩をそろえて歩くようになってから、何年経ったのだろうか。
さしだした手を拒まれたことは一度もない。
だから、今だって、調に手をさしのばせば、きっと彼女は握りかえしてくれる。手を繋いで一緒に歩いてくれるだろう。そうでなくてはならないのだ、ふたりの手の関係というのは。それ以外であってはならない。そのはずだ。
真っ暗な室内の、切歌のとなりには、誰もいない。ふとんを頭からかぶって、その中で堅く拳を握った。寒い夜に体を寄せて暖めあって眠った、あれから何日も経っていない。
調はここにはいない。
切歌はどこに向けてでもなく、手をさしのばした。
握りかえしてくる手はどこにもない。
切歌の好きだったやさしいちいさな手がここにはもうない。
調がいない。
そのことが、どうしようもなく、さびしい。
(でもね、暁切歌。あんたの大好きなあの手を突き放したのは、他でもないあんた自身、デスよ)
戦姫絶唱シンフォギア/暁切歌
会話はない。
しかし、たがいに無言でいるわけではない。
室内に沈黙はない。
声は頻繁にあがっている。
ベッドのうえでじゃれつきながら――たとえば、髪をさわったり、鼻をつまんだり、脇をくすぐったり、そういうたあいのないことをしながらだ――たがいの名前を呼び合っているのだ。
アーニャちゃん、と呼ぶと、ミナミ、とかえってくる。
それだけのことだ。
それだけのことだけれど、これがひじょうに楽しいことで、ふたりはいまたいそう幸せなのである。
安い幸せもあったものだと人は笑うかもしれない。
気の好い知人はそうした声に「安いこと、イコール、悪いとか劣ってるとか、そういうんじゃないと思う」とフォローしてるくれるかもしれない。
会話はなくても声はあるし音はある。幸せもある。
なにを求めようかこれ以上。
音楽がそこにはあるのだと言えば、また笑われるだろうか。
アーニャちゃん、と呼ぶと、ミナミ、とかえってくる。
しあわせな声がリズムになって、ベッドの上をぴょんぴょんはねる。
シンデレラガールズ/新田美波、アナスタシア
「お花買ってきたデェス!」
きりかちゃんはあかるく言いました。一輪のきれいなお花をその手にもっていました。しらべちゃんがなんの花なのと聞いたみたら、知らないデェス! とやっぱりあかるくすっぱりきっぱり言いました。せいかくには花屋さんの説明は受けたけれど、ぜんぶきれいさっぱり忘れたということです。
「はいどうぞ」
きりかちゃんはしらべちゃんにお花をわたしました。
「くれるの」
「そうデェス」
「なんで」
しらべちゃんは疑問を口にしました。
「そりゃあ、だって」
かんのもどりとやらでやたらきょうはとても寒い日です。赤くなった鼻をすんと鳴らして、きりかちゃんは自信満々に言いました。
「しらべのために買ってきたお花だからデスよ」
「そう……」
彼女の行動に意味をみつけようとするだけ、むだなのかもしれません。それはともかく、せっかくの好意のプレゼントです。名も無きではないけれど、名も知らぬきれいなお花を一輪、そのくきの部分をにぎりしめて、しらべちゃんはきゅうにわいてきたよろこびで頬をそめ、唇をゆるませました。
「ありがとう」
しらべちゃんが、なれないちいさな笑顔でそう感謝の言葉をおくると、きりかちゃんは太陽みたいなきらきらと明るい笑顔になって、両手をばあっとひろげて、それからしらべちゃんをだきすくめると、頬をすりすりとくっつけながら、こう言ったのです。
「ハッピーバースデーツーミー! しらべありがとうデェス!」
「どういたしまし、て?」
ん? パッピーバースデー……トゥーミー?
あ。きょうきりちゃんの誕生日だった。
忘れてた。
でもとうのきりかちゃんは、しらべちゃんからすでになにかもらっている気分のようで、さっきからゴキゲンです。
今月の出費がおさえられたので、しらべちゃんも、まあまあ、ゴキゲンになりました。
戦姫絶唱シンフォギア/暁切歌、月読調
おびただしい数の不在着信があることに気づいた、夜も2時をまわったころに、ひととおりの水分と膿をだしきって、だいぶんすっきりした目と頭にはいってきた、着信通知のあわい光だった。
これはちょっとした異常事態だった。マナーモードでもないのに着信に気づかなかったことではなくて、これだけの回数、電話をかけてきた、これは異常といえば異常といえた。彼女にしては、めずらしくやることがしつこいというか、ねばっこい。ただしそれも10時16分を最後にぱったりとやんでいるから、その時点であきらめたか、あるいはもう眠っているからときづかったか。
さすがにこの時間にリダイヤルするわけにもいかないので、短いメール文を打って送った。おそろしいはやさで彼女専用の着信メロディがながれた。
おどろいて電話にでると、おおきな声が、なまえをさけんできた。ミナミ! と彼女は言った。それから、ごめんなさい、と言った。半分こしてあげられなくてごめんなさい。あとはなまえを呼びながらあやまり、あやまりながらなまえを呼ぶといった感じだった。ようやく自分が、迂闊なことにたいせつなパートナーの心をまったく放置していたことに気づいた。
ステージに立てなかったくやしさが、自分だけの感情のはずがなかったのだ。一緒に歌えなかったもうしわけなさをかかえているのは、彼女だっておなじだ。おなじであるのに、ステージに立てなかった自分と立てた彼女として、知らず知らずにわけてしまっていた愚劣さを知った。
なぐさめの言葉もなだめの言葉も見つからなかった。彼女をまねるようにあやまって名を呼ぶ以外にすべきことはわからなかった。いまさっき涸れるほどだしきったはずの涙はあっさりとまたあふれだした。
嗚咽のあいまに、ごめんなさい、という言葉をくりかえした。ふたりでその言葉をかさねあった。
やがてふたたび涙が涸れた時、どちらからともなく言った、今度は半分こで、と。
シンデレラガールズ/新田美波
テレビをつければ、自分たちが絵になり、動いているのが映った。
戦意昂揚がどうとかパトロンがどうとか理由はよくわからないけれど、とにかくプロモーションの一環らしい。
みんなで集まってわいわい盛り上がって、誰が出たとか、誰がしゃべったとか、言っていたら、ある回、如月が沈んだ。プロモーションってなんだろう。あの時の気まずさったらなかった。
電にとって最初の僚艦で、親友というべき睦月が、あのいつもうるさい睦月が、しばらく無口になって、如月にくっついてはなれなかったのは、確実にあれのせいだ。如月はよしよしと母か姉かという感じで、睦月をなぐさめる。睦月型の如月。
テレビのなかでは、如月ではなく吹雪が、睦月をなぐさめている。睦月を抱きしめ、一緒に泣いている。一緒に泣くのは吹雪の優しさだと電は思った。
自分だったらどうだろう。不吉な想像をしてしまった。もし現実に如月が沈んだら。
一緒に泣くと思う。でも抱きしめて、一緒に泣いてあげることは、きっと自分にはできない。
電は電で、睦月とは関係のないところで、如月の死を悲しみ、わんわん泣くだけだと思った。
ごめんなさいです。心のなかで睦月と如月に謝った。
軍帽をかむった犬がキャンキャン吠えている。木曾の足もとでキャンキャンキャンキャン。
人語に訳せば「ざまあみろ、ざまあみろ」と言っている。たぶん。
木曾はアニメーションでは、球磨型で唯一出番がないから。
木曾もここでは最古参のひとりだ。
そろそろ仲良くできないかな、と電は思う。
艦隊これくしょん-艦これ-/電
むらさ
もう顔も思い出せない両親がその名をくれた。
読み書きができない自分はその名を形にすることができなかった。
死んで音だけが残った。
村紗
そう真名をあててくれたのは風変わりな尼だった。ついで水蜜という新しい名もくれた。
親にもらった名を捨てる気も、恩人がくれた新しい名を退ける気もないのでふたつを繋げた。
村紗水蜜
手習いの師として尼公が付けてくれた、虎のあやかしが、まっしろい紙に、手本を書いてくれた。
自分の名が形になった。
きれいだと思った。
手本を横に置いて、まっしろい紙がまっくろくなるまで練習した。
寅丸先生は言う。くろい紙にくろい文字をさらにのせて書くのは、紙の節約には違いないですが、それそれとして、なにもみえないところに、ものをみる、という修練でもあるのです。見てください、くろい紙は乾いています。くろい筆の墨は塗れています。文字をかけば、その筆路は、艶となって、ほら、あんがいとわかるものでしょう。姿勢を正しくして、心を正せば、目をつむってても、あなたの名は、そこに記される。あなたはそこにいると、そこに残るのです。ちゃんと。
能書家としてそれなりに名をあげていた先生の言葉なので、噛み締めながら、文字にむかった。
先生の書いたお手本の、村紗水蜜、は、自分の名にこう言うのも気恥ずかしいけれど、とてもうつくしくて、まっすぐに清らかに、天地のはざまに立っているように思えた。
暗い海の中で、天にも地にも縁遠い生活を送っていた、わたしに、うるしのように黒くきらめく路が、目の前にひらかれた。
その路を正しくたどることができるだろうか。
弟子の不安に寅丸先生はまたこう言うのである。
できますともできますとも。だってムラサはもう、自分が、ムラサだと、ちゃんと知っている。かって知ったる路をゆくのは、童子でもたやすいのですから。
東方Project/村紗水蜜
近所の美味しい店を探し回ってはあれこれと紹介してくれる、見た目も口ぶりもお嬢様っぽい友人は、でも食べ物の趣味は見かけによらないみたいで、連れて行ってくれる店はどれもこれも、なんていうかどっちかっていうと体育会系の男子がひたすら量をかっこむようなそんなのばっかりで、そんな店を食べ歩くのが好きだなんて、まあ意外な趣味を持ってるものだなアと。
でも不思議なことに彼女は少食なものでせっかくボリュームたっぷりの料理も、いつも少なめに頼んでいて、あんまり食べなくて、そこのところは見た目の印象通りだった。
と思ってたんだけど。
5人でぞろぞろと行くこともあれば2人きりで行くこともあって、初めては、そうそう、翼さんとうまくいってなかった時、彼女は「とっておきの」と言って、ふらわーに連れて行ってくれたんだった。
そこのお好み焼きがあんまりにもおいしかったものだから、焼き上がる先から口にほうりこんで、それこそ、まあ、男子みたいにがつがつ食べて、メランコリーな気持ちもちょっとは吹っ飛んでくれた気がした。
食べることに夢中になって全然気づかなかったけど、あとで未来たちも誘ってみんなで行った時に、ようやく、未来に言われて知ったことが2つほど。
ごはんをかきこむわたしをじっと見つめて、彼女はいつも、にこにこと、たのしそうに、うれしそうに、笑っている。
それから別に食べ歩きは趣味じゃない。
ということ。
(じゃあなにが趣味なんだろうね?)
戦姫絶唱シンフォギア/立花響
あなたのお飼いになっているお腹の赤い猫に、わたしの言葉を託していこうと思います。
出航前にあなたのもとへ顔を出す気になれないのは、やはりわたしの未練なのだと思います。
覚りのあなたにわたしの気持ちなんてお見通しだろうと思います。
そんなことはわかりきっているわたしは、だのに「愛している」の一言もあなたに言ったことがないのだから、救いようのないことです。
それを口にすることこそが、未練になると躊躇い、言うに言えなかったわたしの勇気の無さも、あなたは知っていたことと思います。
だから、あなたのかわいがっている飼い猫に、この言葉を託そうと思ったのです。「愛している」と。
なんて勇気のないことだと、あなたはお笑いになることでしょう。
だけどもわたしは、遠くあそこに閉じ込められた、あの人のためにこそ、このなけなしの勇気を蕩尽しなければなけないのです。
どうか臆病者と罵ってください。その声は臆病者にはもう届かないので、この臆病者は全く卑怯者でもあることです、とさらに罵って。
わたしはあなたを未練としたまま旅立つ者ですが、わたしがあなたの未練となってあなたを縛るのは、堪え難いことなので。
だからいっそ忘れてほしいと、あなたの心に、わがままにも、願うのです。
東方Project/村紗水蜜
青と白が、あなたには、よくお似合いでしょう。
ここにはそれらのなにひとつもありません。
土の色と骸を焼く火の色がここのすべてなので。
あなたはあなたに似つかわしい世界に、これから帰ってゆくのでしょう。
船の沈めることの二度とは求めないあなたに、わたしはついそれを求めてしまうのです。
空をゆく船が、地と地のはざまに押し込められたままでいればよいのにって。
それはどこまでも、あなたに似合わない姿であることでしょう。
海と空と雲の色が、あなたには似合いの色です。
うつくしいあなたが、もっともうつくしく輝く世界におられることを、わたしはまた、そんなふうに求めてもいるのです。
それをわたしが、この嫌われものの目で見られたら、どんなにか幸福だろうと、やはりそんなことも思うのです。
わたしに似合いの、暗い土色の中で、じっと動かずに、そう思うのです。
東方Project/古明地さとり
地の底に存在しない、潮のかおりを、あなたは私に教えてくれた。
黒く波打つ嘆きの海に諦めの渦紋が拡がれば、私のこの手はそのしおからい水をすべてかきだして、土と骸のにおいに染め抜けようものを。
青い海のようにうつくしいあなたの心は、今もまだ、蓮の花の手のとりこ。
東方Project/古明地さとり
ねえシズ、あんたさ、将来のこととかちゃんと考えてる?
ああまあ、まだ一年で気の早い話だけどさ、気になって。
うん、実家? 継ぐの? あ、そうか、一人っ子だもんね、あんたんとこ。
あたしは……進学、かなあ……。
晩成蹴ってこっち来ちゃったけど、やっぱり狙えるとこ狙っときたいしね。
そういえば最近、山はどうなの? へえ、あいかわらず元気に走り回ってるんだ。バカ体力ねえ。
違う違う褒めてるのよいちおう。いちおうね。
昔っから山好きだよね、シズは、さ。
え? あたし? まあ、あたしも、そりゃあ昔はねえ、やんちゃしてたけど、今はむりかなあ。きっついもん。
ねえ、シズ、あのね、もし――いや、やっぱなんでもないや。気にしないで。
(和にシズをとられるんじゃないかって思ったこともあった。それ以上に、昔一緒に遊んだ、あの山に、シズをとられるんじゃないかって、今はその不安でいっぱい。一緒に来てほしい。口に出せない。離れていかないで。言えるわけない。シズから離れて行ったのは、あたしのほうなんだから、いまさら。そう、いまさらどうしようもないじゃない! 貧弱になったあたしの体力じゃ、シズの足には追いつけないのに、進む道さえまた違ってしまったら、二度と……)
咲-Saki-阿知賀編/新子憧
古鷹よ、その名を受けた時に、すでに天の命を受けていた者よ!
船乗りの、その航海を導く者、北の空の不動の星を指して、それは私だと言う勇気がお前に、あるか!
もしお前が勇者ならば、その名の如く、正しき航路を示し、嵐に惑う一葉の舟を救う鷹となれ!
艦隊これくしょん-艦これ-/古鷹
茜のあざやかな色紙を帆掛の舟の形に折って彼女に贈った。
ちいさな部屋の虚空の海に、色紙の舟を走らせて、彼女はありがとうと言って笑ってくれた。
その舟はあなたそのもので、風がなくても走る舟なので、だから病に痩せたほそい背に、風をうけることはないからと、いやしき欲望をひそやかに胸に。
はやて×ブレード/増田恵