校内に死角というものは夥しいほどあるものだ。人がろくに来ない場所も。
それらはクラスメイトから逃げ回っているうちに得た情報だった。
たとえばそう、今いる職員室横のトイレの個室などだ。
「クリス……」
生温かい息がクリスの首のあたりにかかる。彼女のことをクリスとそう呼ぶ人間は知り合いには(今は)ひとりしかいない。それはつまりクリスが今抱きすくめてる相手・小日向未来の蕩けるような吐息があった。
「誰も来やしないから」
そう言ってクリスは未来の耳に舌を這わせた。
ぴくんと未来の体がかすかに動き、艶のある声をあげた。
(あのバカは知ってるんだろうか)
最愛の親友の、この淫靡な声を。あるいはこれから見せる痴態を。
急くように自分からブラウスのボタンを外し、クリスの手を握ってスカートの下に誘った。
なにを求めているかは口にするまでもない。
クリスは時々わからなくなる。この大切な恩人が、どうして自分などに体を許すのか。この体は、このかすれた喘ぎ声は、誰のものなのか。
「なあ……あんたは誰なんだ。それから誰のものなんだ」
何度目かわからない問いかけに、やはり未来はなにも答えてくれない。だがそんなことは分かりきっている。
立花響だ。
小日向未来を構成するものはその精神的肉体的要素にかかわらず全て立花響のものなのだ。
クリスが平生バカだバカだと呼んでいる、信じられぬほど人の好い、あのバカのものなのだ。
なのに、どうして、彼女は、小日向未来は――。
「身代わりなのか?」
「………」
「あいつがしてくれないから?」
「さあわからないわ……んっ、はあ」
下着の上から未来の陰部を指で擦ってやると、未来はまた生温かい息を吐く。
「否定か肯定かどっちかにしてくれよ」
首を降下させて抗議ついでに鎖骨を噛んで、ひと舐めしてやった。
ひかえめで、かわいらしい、そういう声で小さく鳴いてくれる。
未来の本意がどこにあるのか、わからない。わからないが、この淫らで密やかな関係を、クリスは案外気に入っていた。未来と性を交わすことに違いはないからである。
あたしのほうが本当のバカだ、クリスはそう思いながら、ただ愛撫を続けた。
小日向未来の全ては立花響のものだ。クリスのものなど一つもない。それでもクリスを求めてくる未来の手をクリスは払えない。未来を抱くことをやめられない。クリスがその心身を未来に捧げようとしても、未来は一欠片も受け取ってやくれないのに。
(それでも……)
クリスは下着の中に手を差し入れた。未来の体が一層強く震えた。
「あたしのもんだ。あんなバカにやるもんか」
苛立ちをこめた言葉を放つと、クリスは未来の唇を自分の唇でふさぎ、乱暴に犯した。その愛しい唇に自分以外の何者も侵入できぬように。
了