せめて友達でいたい

 化物に攫われたお姫様を助けるのは王子様の役目だ。昔からそうと決まっている。
 だから響は未来を救えたし、それに先んじて未来の保護に乗り出したクリスはまんまと失敗した。
 はなから役割が違うのだ。クリスは王子様ではないから、お姫様を助けさせてもらえない。
 そもそもクリスは未来に救われた側の人間だ。お姫様が王子様に助けられるのが仕事であれば、そのお姫様に助けられる仕事を請け負っているのは誰だろうか。文字通りにクリスは未来に拾われたのだから、犬や猫になろうか。
 未来は恩人であり、大切な友達でもある……とクリスは思っている。むこうも多分、こちらのことを友達だと思ってくれている。
 そうだ。
 友達なのだ。
 自分と未来は。
 だから、
「映画、でも、観にいかないか。今度さ」
 誘ってもいいだろう。
 学校の中庭沿いの廊下で、未来を呼びとめて言った。都合のいいことに、アイツはいない。
 振り向いた未来の口が、小さく開かれた。
 なにか、胸に、後ろめたさと緊張とがピリっと電撃のように走る。
 未来がなにかを言い出す前に、クリスは言葉を重ねた。
「ふたりで」
 ここが肝要だ。これでなくては誘う意味がない。
 未来はなにか言いたそうであったが、なにも訊かずに、承諾してくれた。余計なことを問わないのは彼女の美点だろう。クリスはそういう未来に好意を持っている。
「それで、……なんの映画を観にいくの?」
「え? ……ああそれは、……ないしょだ」
 まだ決めてないとはクリスは言えなかった。
 響から未来を引き剥がして連れ出すことが目的だから、映画はなんだっていい。その日のその時間にやっているものであれば。

 恋愛の要諦は互いに同じ傷をこしらえて縫合し、その痕を見て見ぬ振りすることだと言ったフィーネはあくまでそこに自分自身は含めずに、凡人の場合は、といつも前置きしていた。
 クリスの傷を、未来は見て見ぬ振りをしてくれた。クリスは未来の持つ傷など知らない。響とのあいだに何かあるらしいことはなんとなく察しがついているが、その正体など知りようもなかった。
 底抜けに明るいと思われた響の眉に落ちる陰翳を初めて見た時、クリスはどうすればいいのかわからなかった。あの夜に流した涙がなにものの為に流されたのかクリスは今でも知らないし、その拭い方も止め方も知らないままだ。再びあればやはりクリスはなにもできず、どうすればいいのかもわからないでいるだろう。
 わかっているのは、それをどうにかできるのが未来だけということで、あるいは未来が泣いた時にそれをどうにかできるのも、結局は響しかいないということだ。
(ガラじゃあないんだ、きっと)
 そういう星の下に生まれたのだと自身を悲嘆するつもりは爪の先ほどもないが、未来と響のあいだに横たわるものを自分と未来とのあいだに横たわらせることは不可能だと理解しなくてはならない。割って入ろうなどゆめ考えないことだ。愛する彼女を困らせたくないのであれば。
 だから友達という立場だけは維持したい。
 そこらの犬猫はもちろん嫌だし、響の同業者というだけなのも嫌だ。
 愛すべき慈しむべき友達でありたい。
 だから、友達と遊びにいくくらいは構わないだろう。
 ふたりきりで、そう、たったふたりで繁華街を練り歩いて、映画を観て、クレープなどを食べて、たあいない会話をするくらい、いいだろう。ひとり置き去りにされたところで、あのどうしようもないバカはきっと気にもとめやしない。「ずるいよクリスちゃんー」か、あるいは「ずるいよ未来だけー」とか、多分冗談めかして言う程度だろう。

 恋愛映画を観にいこう。未来と別れたあと、クリスはそう決めた。
 その登場人物に、自分と彼女を投影しても、神様だってきっと咎めやしない。(そう、凡人でない女が狂おしいほど恋い焦がれた、あの神様だ)
 当日は手を繋いで歩こう。
 クリスは歩きながら手を閉じては開き、感触を想像した。
 やわらかいあたたかいその手に早く触れたかった。

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