酔って候

 有能なオペレータだという評価は間違っていないはずだ。実際、藤尭は有能だろう。彼がいなくなって、それを補充できる人材は二課には存在しない。
 しかし、口数の多さというか、女性経験がないくせに賢しらに恋愛論をひとくさり語ったり、仕事の愚痴をまだ高校生の職員に吐き出したり、どこか性格に軽薄なところがあって、仕事以外のことでは、とくに女性職員からはいまひとつ信用が置かれていない。
 酒が入るとどういった過程で構築されたのかわからない偏った女性観を、誰彼構わずにぶちまける。未だ女性と手を繋いだことさえないのは彼からしてみると、最近の女は、男を見る目がない、ということらしかった。そのくせ、
「いいですね緒川さんは、女にモテモテで!」
 などと、管を巻く藤尭にひとり付き合ってやっている緒川に、そんなことを言うのだ。女どもに見る目がないから、緒川は女性からもてる、ということになってしまっていることに、藤尭の酔った頭は気づいていない。
 二課に配属されて間もない頃に同期の友里に告白して振られた、という噂話がある。あくまで噂だが、なにぶん狭い職場のことで、妙に信憑性のあることでもあった。友里が藤尭からのアプローチにほとほと困っていて、それを仲の良い女性職員に話したとか、そんな噂もあった。
 その手の噂は、当の藤尭は、
「なんで、友里さんなんかに、この俺が告白するんスか」
 と言って、無駄にトゲのある言い方で否定するし、友里は露骨に不快をあらわすので、そのうち誰も話題にしなくなった。
 噂がなくなると、職場は静かになった。
 友里と藤尭は、二課司令室のメインオペレータとして、傍目からは「いいコンビじゃあないか」と評価される程度には、仕事の連携にはそつがなかった。
 噂話が突然あがったのは、何年前だろうか。
 口を開けば酒を飲むか女への不満を垂らす以外になにもしない藤尭のとなりで、緒川は水だけを飲んで、つめたい水が喉を通りすぎるのを感じながら、ふと昔を思い出した。
「藤尭は――」
 緒川は言った。
「なんですゥ?」
 酔っぱらった声が下の方から聞こえた。藤尭はもうカウンターテイブルに突っ伏している。
「今でも友里さんのこと、好きなの」
 いつもの丁寧な言葉遣いはここでは姿を見せない。見せる必要のない場所と相手だ。
「ハア!?」
 ぐるりと首を回して、瞠目を緒川に向けた。
「好きだったことなんてないスけど!?」
「あれ、そうだっけ。告白して振られたんだよね」
「あんな根も葉もない噂話信じてたんですか!?」
「なんだ、根も葉もなかったのか」
「そうそう、根も葉もない」
 藤尭はウンウンと自分の言葉にうなずいた。
 ――だが、しかし、こういう言葉もあるだろう。
「火のないところに煙は立たない、とか」
 藤尭には聞こえないように、小声で言った。
「ん、なにが立たないって?」
「ナニがだよ」
 緒川はてきとうにごまかした。
「うわー、緒川さん、そんな下品なこと言ったら女の子に引かれますよ」
「今の、下品だったかい」
「ああもう、信じられないくらい、下品です下品。慎ちゃんってそんな人だったのォ、ショックゥー」
 完全に酔っぱらっている。
 これを彼の暮らすマンションの部屋まで、緒川は連れて帰らなければならないのだ。仕事でもないのに、わざわざ面倒をみなければならないのだ。このすこしもかわいくもなければ殊勝でもない、口うるさくて仕事はできるけれど性格にはどこか問題のある、今はただの飲んだくれに過ぎない後輩の面倒を。
 飲み屋を出て、タクシィを拾って、藤尭のマンションに行く。
 部屋の前に着く頃には藤尭はもう半分くらい眠っていた。服をあさって鍵を取り出し、玄関ドアを開ける。ベッドまで引き摺っていって、そこに藤尭の体を放り投げて、寝かせる。
「緒川さーん、首きちぃー」
 それくらい自分でやれ、と言いたくなったが、結局藤尭のネクタイをほどき、ワイシャツのボタンをはずしてやった。
「水ゥー」
 ずうずうしい後輩だ。とてもじゃないが翼には自慢できない。向こうは日に日にたのもしくかわいらしくなっていく後輩たちの自慢話を緒川に聞かせるのに忙しいというのに、なんだろうか、この差は。
 冷蔵庫の中からペットボトルの水を二本取り出して、一本を藤尭の脇の下あたりに投げ込み、もう一本は自分で飲んだ。
 部屋のどこになにがあるのか、そろそろ把握してしまっている。
 緒川に水を持ってこさせた藤尭は、仰向けに寝転がったまま、脇の下のペットボトルに手をつけないでいる。ただ面倒臭いだけなのか、それとも。
「胸もと、きつそうだね」
 緒川はベッドに腰を降ろして言った。
「きつくないッスよ?」
「いや、きつそうだよ」
 言いながら、緒川は藤尭のワイシャツのボタンを全部はずして、酒で赤くなった胸と腹をあけはなった。
 藤尭は逆らわない。酔眼の彼がなにを見て、なにを考えているのか、緒川にはわからなかったが、わかっても無視していただろう。
「水、飲まないのかい」
「飲みますよー」
 ペットボトルを掴んで、顔の真上でキャップを捻る。ボトルは寝かせた状態だから、あのままでは水が顔にかかってしまう。
 緒川は藤尭からペットボトルを取り上げた。
「あー、なにすンですかァ」
「そんなありさまだと、ベッドシーツが水浸しになるよ」
 緒川はそう言っていったん立ち上がり、藤尭のペットボトルをテイブルの上に置いた。
 それから自分のボトルの水を口に含む。
 ぼんやりした目で藤尭は緒川の行動を見ている。
 緒川は藤尭の体に覆い被さった。
 顎を掴むと、あっさりと口を開いた。くちびるの端が挑発的に笑っている。
 藤尭はやはり軽薄な男だと緒川は思った。きりりと口を閉じている時のほうがすくない。
 緒川はそのまま顔を降ろしていって、藤尭にくちづけると、口内の水を、藤尭のそこに注ぎ込んだ。ごくりと嚥下の音が聞こえる。舌を差し伸ばして、引っかき回す。今度は唾液を注ぎ込む。藤尭はやはり逆らわない。ごくり、とさっきよりも粘性のある音が鳴った。
「さあ、次はなんですか?」
 顔を離した緒川に、藤尭はやはり挑発するような目と言葉を向けた。
 緒川はフッと笑った。おかしな男だ。自分もこいつも。
 藤尭の下半身に腕を伸ばし、ズボン越しに股間を触った。
「ひとまずは、こっちかな」
「いいッスよ。緒川さんのなら、なんだって」
 藤尭はペットボトルの水を飲もうとした時の緩慢さからはほど遠い素早さで、ベルトを外し、ズボンとパンツを引きずり下ろした。
 ――たしか、女性経験ナシ、だったか。
 ソープに通っているふうでもない。自慰くらいはしているだろうが、正真正銘の初心な男のそれに違いなかった。
「全部、酒のせいにしてもいいか」
 と緒川が訊くと、
「それは勘弁してほしいスねぇ」
 藤尭は冗談とも本気ともつかないことを言った。
「まあだいじょうぶだろう、ぼくは酒には酔っていないから」
 と緒川は言った。実際、自分は酒には酔っていないと緒川は思っている。しかし、酔っているとも思っている。なにかに酔っている自分がいる。
 藤尭に両膝を立たせて、緒川はそのあいだに自分の体をねじこんだ。
 藤尭の男根を握って、しごきはじめる。思ったより藤尭の反応は鈍い。
 尻を掴んで、腰を持ち上げた。落ちないように支えているように藤尭に指図する。
 緒川は一度陰茎から手を離して、よく見えるようになった尻のすきまの穴に、ほんのすこしだけ、指を押し入れた。
「どうにも、酔ってるね、ぼくら」
 緒川は呟いた。
「放置プレイは止めてくださいよォ」
 人を苛立たせる甘えた声を出しやがる、と緒川は口汚く思った。
「こんな男に見向きもしないなんて、なあ、藤尭、最近の男は、見る目がないと思わないか?」
 緒川は言って、かわいげのない後輩の、上等な体を、手と舌で思う存分愛撫した。
 男の太くて低い喘ぎ声はかわいげなんて欠片もなくて、緒川はまあそんなものかと内心がっかりしながら、藤尭の尻の穴に、自分の高ぶった雄をぶちこみ、乱暴にその中を掻き回した。
 痛みと快楽にせき立てられた嬌声は、やはりかわいくはなかったが、緒川は愛おしげにその声にその耳を傾け、やがて彼の中に熱を吐き出した。

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