少女Aの回想

 そのふたりの同級生が結局何者であったのか、今となってはろくに思い出すことができない。校内で際立った存在感を、強烈に悪い意味で放っていたというのに、顔も名前も覚えていない。誰も彼もがふたりを攻撃していた。ふたりの姓名を憎しみと怒りをこめて呼んでいた。自分もそのひとりであったろうに、もはやすっかり忘れてしまっているのだ。
 かすかにあるのは、自分は彼女たちの友人だったという記憶だ。たんなるクラスメイトではなく、放課後や休日に一緒に遊んだりコイバナ≠オたりする程度には仲が良かったと思う。たぶん、そうだった。仲良くなったきっかけは思い出せない。疎遠になった理由は、なんだったのだろうか。きらきらとかがやくような青春の思い出を刻んだのは同じクラスになった最初の一年だけで、その一年を過ぎるとなにもなくなった。青春の思い出がどんなものだったのか、いくらか頭をはたらかせたが、いっこうに思い出せなかった。ひとつも思い出せなかった。きらきらとかがやいていたものは、どこに刻まれて、どこに消えていったのだろう。
 そもそもの話だ。いったい彼女たちの存在を嫌悪し、激怒し、存在を力の限り罵倒し否定し尽くそうとしたのは、どうしてなのだろう。ああ、思い出せない。今の自分にそう言った感情はひとかけらもなく、たとえば道端でばったり再会したとして、攻撃することはないだろうし、顔も名前も覚えていないからすれ違っても気づかないだろう。彼女たちにかかる感情と情報が肉体からごっそりと剥がれ落ちた。落ちた先、地面を探しまわってもそれは見つからない。
 長いことふたりの存在をまったく忘れていた。といってもせいぜい十ヶ月あるかないか、といったところだけれど、なぜか突然、忘却しきっていた存在に思考が飛んでいった。きっかけはわからない。ただ、ほんとうに突然、思い出したのだ。顔も名前も思い出せない、かつて友情を交わした、かつて憎しみ抜いた、そのふたりの元・友人が、自分と同じ中学校にいたということを、だ。
 ひとりの少女を誰も彼もが攻撃した。その少女は自分の友人だった。そして、彼女の親しい友人は、自分以外も数人いたと思う。が、ほとんどの友人は彼女の友人でなくなり、彼女を攻撃する立場になった。自分もそのひとりだった。そうでない友人もいた。彼女を渾身で守ろうとする友人がひとり、その子が巻き添えで攻撃されることをあわれんでそれとなく引き剥がそうとした友人がひとり、攻撃もしなければ守りもせず、なにもしなかった友人がひとり。最初のひとりだけが最後まで友人のままでいて、元・友人にはならなかった。例外的な存在だった。その例外ごと、皆でひたすらに攻撃した。その存在を、人格を、罵倒し、否定した。
 あの頃、なぜそこまでふたつの存在を、あれほど憎しみ怒ったのか、どうしたって思い出せない。もやもやとした頭を抱えながら、なぜ、とくりかえし自問し、自答を得られないまま幾日か過ごした。考えるのをやめて、また忘れてしまえばそれで済むことだろうとも思ったが、なぜかそれを拒否する感情が心のどこかにあった。
 元・友人たちはそれぞれ違う進路に進んだ。自分は県外の高校に進学した。たまに連絡をとりあう仲の子もいる。そちらは地元に残っている。電話をかけて、中学時代のことを話してみた。電話相手のほうはなにもかもさっぱり忘れていた。ひっかかりもなにもないようだった。電話を切ったあと、そういえば、あの子たちの進路は――そんなことを考えた。あの当時、彼女たちがなにをしたのか、なにがために、皆の憎しみと怒りを買い、攻撃されていたのか、もう誰も覚えていない。ふたりの行方は誰も知らない。

   *

 ある日、外出先の街頭モニタにふたりの女性の裸体が映し出された。
 ひとりは有名な海外の歌手で、もうひとりは知らないただの少女だった。
 長身の女性歌手は、先だってのコンサートでテロリストまがいの犯行声明を出したあと、行方をくらましていたのが、この再登場だ。あれもこれも、なにかのプロモーションなのかと思った。
 じっと突っ立って街頭モニタを見上げていた。誰も彼もがそのモニタに釘付になっていた。自分もそのひとりだった。歌手でないほうの女が誰なのか知らなかったが、喉に魚の骨でもひっかかったみたいに、気色の悪い痛みが走った。もしかしたら、自分は彼女を知っているのではないかと思った。
 一際真剣な眼差しでモニタを見つめる三人の少女がいた。同い年くらいだろうか。
 ――ビッキー。
 ふいにそんな名が飛び出してきた。女性歌手の名前は、たしかマリアだったはずだ。マリア・カデンツァヴナ・イヴ。ビッキーではない。するとビッキーとは、画面に映るもう一方の少女のことを指しているのか。そしてこの少女と、三人の少女は顔見知りの、それも相当親しい友達なのではないだろうか。そんな想像をした。
 ビッキー、響、立花さん……三者三様の呼び名でモニタの少女をひっしに応援していた。
 それが誰の名なのか、自分にはわからない。
 モニタに映るビッキーと呼ばれる少女が何者なのか、それもやはりわからない。
 家に帰ってから、それが誰なのか思い出そうとした。そうして立花響の姓名を思い出した時、思い出せたことが嬉しくなって、終始上機嫌で母と祖母が用意した夕飯を食べて、風呂に入って鼻歌を歌い、それから一晩ぐっすりと眠って、朝起きると、彼女はふたたびすべてを忘れた。

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