ありがとう、夏

 夏休みの宿題を初日からこつこつやって八月に入るまえにはもうおわらせた、というと切歌と調から尊敬のまなざしをむけられ、クリスには舌打ちをされた。
 自分につきまとうイメージは理解しているつもりだったが、それはいくらなんでもあんまりではないだろうか。
 夏休みもあと数日となった、ある暑い暑い朝ことだった。
 昨年も昨年で弓美たちからずいぶんと驚かれたのをおぼえているが、すぐに納得してくれた。なにせ、わりとスパルタな先生と同居しているものだから、一緒にやっていると自然と早くおわるのだ。いや、厳密には響のほうが何時間か遅れるが同じ日にはおわる。
「クリスせんぱいやってなかったデスか」
「うるせー!」
「成績いいのと宿題ちゃんとやるのとは違うんデスね。勉強になったデス」
 遊びに来たというのに課題をもちだしてやりはじめたクリスに、切歌がなにやらしつこくちゃちゃをいれている。ふたりのあいだになにがあったのか、響は知らない。
「ていうか成績よかったんだクリスちゃん」
 と言ったら頭をこづかれた。ひどい先輩がいたものだ。
 頭をさすっていると、未来が切歌と調の肩をやわくたたいて、
「ほっといてゲームやろっか」
 と、にこやかに言った。ほんとうは「バカは」とあたまについていることに気づいたのは、調くらいだろうか。
「はいデス!」
 切歌が万歳してクリスのそばからはなれた。コントローラをまっさきににぎれば、もう彼女の頭の片隅にも宿題をためこんでいたクリスせんぱいの姿はない。で、とうのクリスは邪魔者がいなくなったとすこしほっとしたようだが、反面どこかちくりと胸を痛めたような顔つきをした。
 こういうことにはめざとく気づく響なので、
「さアびしいのオー?」
 と切歌に倣ってからかってみて、またこづかれる。まったく、ひどい先輩がいたものだ。
 クリスはぶつぶつとなにやらつぶやきながらテキストとにらめっこしている。ゲームの音がうるさいのが不満なのだろうか。まあちょっと勉強に集中するには不適切な環境ではあるが、それなら家にのこってひとりで宿題にとりくめばよかったのに。今日は響と未来の部屋で遊ぶと最初から決まっていたし、そう約束したのは響と切歌だから、クリスまで切歌と調につきあうことはなかったのである。
(心配だったのかなあ)
 だとしたら、響も、未来だっているのに、心配性な先輩もいたことだ。ちょっと過保護かもしれないが、こういう学生生活とは長いこと無縁だった子だし、まだまだひととの距離感をつかめきれていないのだろう。クリスなりに先輩として最後まで後輩の監督役をするつもりなのかもしれない。切歌と調に宿題をちゃんとやるように言い聞かせて早め早めにかたづけさせたのも、調の言うところではどうやらクリスらしいので。
(そういうはちゃんとできてるんだ。えらいな)
 いちおう響も切歌と調の後輩になるのだけれど、それらしいことはさっぱりしていない気がする。その点でいえば、やはり、クリスちゃんはえらい、と思った。
 とすると、自分の宿題は放置していたのがますます謎になってきた。成績がいいから楽勝でかたづく、と油断に油断をかさねてほったらかしにしていたのだろうか。そんなところかな、クリスちゃんだし。響はひとまずそう結論づけた。
 ちょっかいを出されたらますます宿題の進みが遅くなるだろう。ここはまたしても切歌に倣って、クリスの存在はいっそ忘れてしまって、ゲームにいそしむとしよう。
 コントローラを手にとる。
 パーティーゲームはアナログもデジタルも山ほど買いこんでいる。いつかたくさんの友達と遊ぼうと思って買いこんだものが山ほど。なかには響ひとりでは足が出るので未来と共同出資で買ったものもある。未来はいやな顔ひとつせずに折半してくれた。あのころは――リディアンに入学するすこしまえまでは――おたがいに思うところが多すぎて、ことばにしないところでうなずきあうことも多すぎた。いまはたくさんのことばを発して、いろんなことを話しあっている。
 それほど環境は変わった。変えてくれたひとたちも山ほどいるが、そのうちの三人と、この買い集めたゲームで遊べるのは、とてもうれしいことだと響は思う。
 今日はデジタルの、テニスゲームから開始した。
 テレビのまえでとなりあって立ち、画面のなかでむかいあう。ほんとうにテニスをするようなうごきでモーションコントローラを振り抜く。じつはこれにはほとんど意味がない。どちらかというと感応がわるくなる。プレイする分にはすこし手もとでうごかすくらいでいいのだが、それでは気分がのらない。それはそれで意味がない。だから全力で振り抜くにかぎる、という響と切歌の理論は、座ったままちょこちょことコントローラをうごかすタイプの未来や調にはあまり理解されないし、対戦しているときは腕や足がしょっちゅうぶつかってむしろ迷惑がられるが、それでやめるふたりではない。
 ふたりしてそんなことをしているから、やはり対戦中に腕や足や頭や肩がぶつかりまくって、しまいには転倒した。
 痛い。でも楽しい。汗をかく。だいじょうぶ、冷房を効かせているので、不快感はない。むしろ爽やかな気分だ。
 やりだすととまらない。自分ではとめられないから、いつもほどほどのところで未来から「いいかげんかわって」とおしかりを受ける。
 そうでないととまれないけれど、それでとまれるのだから、それでいい、と思っている。
 熱い戦いのあと響はばたんと床にあおむけにたおれた。切歌のほうもうずくまって肩で息をしている。
 目があった。
 だから歯をみせて笑いあった。
 ――サムズアップ!

[このページの先頭に戻る] [シンフォギアSSのTOPに戻る] [サイトのTOPに戻る]