冬支度

 夕食後、なんとはなしにつけていたテレビのコマーシャルの切れ間に、ふと寝息が聞こえた。
 響がそのほうに目をむけると、未来がうたた寝をしていた。
(めずらしい……)
 と思った響は、テイブルのリモコンを取って、テレビの電源を切った。
 この頃の未来は、家に戻るともっぱら編み物をしていた。今日もそうで、毛糸が未来の手から足もとにたれさがっている。編んでいるのはマフラーだ。そして、それは、響にプレゼントされるに違いないものだった。未来からそう言われたわけではないし、こちらから訊ねたわけでもないが、響にはすでにわかっていることだった。未来もかくす気は全然なくて、できあがるまえにあたたかくなったらごめんね、と響に言ったことがある。一昨日か、一昨昨日か、それくらいのことだったろうか。
 一日ごとに、ほんのすこしずつ、マフラーは長くなっていった。このペースだとクリスマスプレゼントになりそうである。
 未来からのクリスマスプレゼントがマフラーだとして、
(わたしは、なにをあげようかな)
 響は考えた。
 手編みのマフラーにつりあうものというと、どんなものがあるだろう。マフラーとくればやはり手袋だろうか。しかし響は編み物などできない。市販品をプレゼントするのはいかにもあじきないし、なんとなくくやしい気分になる。
 時計の針のすすむ音が聞こえる。未来のちいさな寝息が聞こえる。それらは音を鳴らしながら、ふたりしかいない寮の部屋をおだやかでしずかなものにしていた。
 しばらく未来の寝顔を見ていた響は、ふっと息を吐いて、自分も目をつむった。眠気はないが、今あるこの部屋のおだやかさに身をひたしたくなったのだ。
 時計の針の音、未来の寝息の音、そして響自身の呼吸音――それらはやがて響のうちにはいってくる情報のすべてになった。

 バチリと脳裡でなにかがまたたいた。
 響は目をひらいた。
 自分は眠っていたのか、眠っていなかったのか、響にはわからなかった。
 未来のほうを見ると彼女はまだ眠っていた。ついで時計のほうを見た。針がかなりすすんでいる。やはり自分も眠ってしまっていたようだ。
 響は未来の肩をゆすった。
「未来、起きて、お風呂はいんなきゃ」
 ゆっくりと未来はまぶたをあげた。
「あっ……」
 未来は目をしばたたかせて、
「ごめん、寝ちゃってた」
 と謝った。
「うん、わたしも寝ちゃった。お風呂入って、おふとんで寝よう」
 と響は言った。
 未来はうなずいた。足もとに目をおとし、
「あんまり、すすまなかったなア……」
 まにあうかな、とつぶやきをもらした。
「冬なんて一年ごとに来るんだから、来年でも、再来年でも、まだまだ時間あるよ。気にしない、気にしない」
 と言って響はなぐさめた。
「そんなにかかるなら、もう最初からつくりなおすよ。毛糸いたんじゃうし」
 未来は苦笑した。
「そっか」
 響も笑った。

 脱衣所で服を脱ぎながら、
「ねえ、クリスマスプレゼントはなにがいい? なにかほしいものとかある?」
 と響は訊いた。
「べつになんでもいいけど」
 未来はあっさりと答えた。
「それじゃつまんない」
 と響が言うと、
「ふうん」
 未来はすこし考えて、
「手編みのマフラー」
 と答えた。
「それは、むりだね」
「そうね、むりね」
 未来はまた考えて、
「ふたりきりで、どこかに出かけて、夜も、ふたりでごはんを食べたいな」
 と言った。
 響は意外に感じて、ちょっと目をひらいた。
「それじゃ、いつもと変わんないよ」
 と響は言った。が、未来は口もとに笑みをうかべて、
「そうかな、いつもとは違うと思うな」
 と言った。その微笑には複雑な色がまじっているようだった。
 未来は言葉をつづけた。
「だって、ゴールデンウィークも、七夕も、夏休みも、誕生日も、ハロウィーンも、お出かけはしたけど、ふたりきりじゃなかったし、ごはんだって、ふたりきりで食べたわけじゃないでしょう?」
 響はなにも言いかえせなかった。
 それはそのとおりだった。なにかの特別な日をふたりきりで過ごしたことが、今年は一度もなかった。
 響の未来へのクリスマスプレゼントはこれで決まった。
 一呼吸いれて、響は気分をあらめた。
「うん、そうだね、そうだ。よし、じゃあ今年は、ふたりっきりで、クリスマスやろう」
 と言った。
 未来はまた笑った。そこにもまた、複雑な色がまじっているようだった。今年は、と響は言ったが、昨年も一昨年もふたりきりだったのだ。今年も、そうしよう、と響は言ったことになる。
「イヴはみんなで祝って、当日はふたりですごせばいいよ」
 ごめんね、と言いそうな未来の口を言葉で封じて、響はからからと笑った。
「ありがとう」
 そう先に言ったのは、さて、どちらであっただろう。

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