暗い部屋のなかにほのかな光が灯っている。
ろうそくの火が三つ残ってしまった。
「おお……、意外に貧弱な肺活量――」
弓美はテーブルに両手の指をつけ、響が消しそこなったろうそくの火を、まじまじと見つめながら言った。
この日、響は十七歳になった。祝いのケーキの上に立てられた十七年分の炎は思いの外てごわかった。一度でぜんぶ吹き消してやろうと気合を入れていた分、響の落胆もそれなりにおおきい。そのためか弓美の悪意のない言葉にちょっと傷ついた。
「もっかい、もっかいやろ、ビッキー」
創世がなぐさめるように響の肩を叩いた。
残った三つの火はみごとなくらいばらけている。響は小さな息をその一つ一つに吹きかけて消した。
部屋が真っ暗になった。
ちいさな拍手が重なり起こって、そのあとハッピーバースデーの言葉がつづき、主賓の名を添えてしめくくられた。呼び方はばらばらだった。ビッキーと呼んだのがひとり、立花さんと呼んだのがひとり、響と呼んだのがひとりである。室内には響を除いて四人いる。
電気がついた。部屋が明るくなった。
弓美がろうそくをひょいひょいとつまんで取り除いていった。創世はチョコプレートを響の皿の上に置くと、
「どうするビッキー、半分いっちゃう?」
と言ってバースデーケーキを指さした。なにせ部屋にいるのが奇数人なので切り分けにすこしめんどうなところがある。が、響がホールの半分をたいらげるとなれば残りを四等分すればよいだけなので、だいぶん楽である。
「いや、そんなには……」
「では五等分で?」
詩織がケーキナイフを手に取った。このやっかいな五等分の切り分け作業を任せられる者といったら彼女しかいない。
「うん、おねがい」
と響はうなずいた。ケーキ半分、食べられるなら食べたい気持ちはたしかにある。腹具合も問題ない。なにより、主賓の響にはそれくらいの権利がある。だが、むずかしい五等分にしてもらった。
同じがいい。同じ分量がいい。響はそう思った。同じケーキを同じ分だけ食べたい。主賓に上乗せされる取り分はチョコプレートで充分だ。響は自分の名とそれを祝福する文字がコーティングされたチョコプレートをかじった。幸せの味である。この上なにを付け加えるものでもない。そんな気分だった。
切り分けられたケーキが皿に乗せられてゆく。すべての皿に回るとだれからともなくフォークを突き立てていった。
ケーキを食べ、たあいない言葉を交わし、また食べる。あとはその繰り返しだった。
この夜、リディアン寮の一室は、にぎやかな笑声で満ち、その中心にいる響を幸福感に浸した。
――ひとり、未来だけがその会話に積極的に参加せず、ただ微笑だけを目もとにたたえて、響のそばに寄り添っていた。響はその静かな存在を当然のように受け取った。彼女が自分のそばにいることの他、この幸せに付け加えるものなど、やはりなにもなかったのだった。
了