響と未来と十二の月・六

 文化祭がちかい。そのすこしまえに響の誕生日がある。今年の誕生日は平日である。学校がある。
 前日の夜に未来から電話がかかってきて、
「誕生日プレゼント、ヘアピンにしたから」
 と言った。
 響は思わず笑った。
「中身言っちゃうの?」
「最近そういうのつけなくなったでしょう。女の子なんだからちょっとはおしゃれしなきゃ。あしたの朝にわたすから、ね」
「そうだね。うん、わかった。たのしみにしてるよ」
 響がそう言うと、未来は安心したらしく、ほっと息を吐くような音が電話口からした。
「毎年のことだと、プレゼント選びもたいへんで」
「わかる、わかる、わたしも未来になにあげたらいいのか、考えるのたいへん」
「へえ、響もなにかに悩んだりするんだ」
 未来はかなり失礼なことを言った。響はけたけたと笑って、
「そりゃあ悩むよ。未来への誕生日プレゼントだもん」
 と言った。誕生日だけではない。クリスマスやバレンタインなどもそうである。イベントごと、その年ごとに、プレゼントの内容は色合を変えてゆく。が、それに頭を悩ませるのは、響と未来にとってはたのしい時間だった。相手には秘密になっているひとりだけの時間でもある。ふたりにはめずらしいことで、だからたのしくもあった。あっと驚かせて、よろこばせたい、そのもくろみがうまくゆくと、自分もうれしいのである。
 ただし、今年は未来がさきにネタ晴らしをしてしまった。仕方がないので響もそれにのることにした。
「じゃあ、わたし、未来の誕生日はリボンにする」
「気が早いなあ」
「だって未来も最近おしゃれしてない」
「そうだけど」
「じゃあ決まりだね」
 響はそう言って膝をたたいた。

 それから話はしだいに誕生日のことからはなれていった。なにしろ文化祭がちかいのである。学校中がいまはその準備におわれている。話題はそちらにうつっていった。
 響と未来のクラスは劇をやることになっていて、ふたりともその小道具を作る係になっている。小道具係はほかにもいて、学校で作業をしているときに、自然と彼女たちとの会話が発生する。たいしたことは話していない。また、響から話しかけることもなかった。自分から会話を展開することは苦手なたちではなかったはずだが、どうしてもそれはできなかった。だれもそれを気にとめるものはいない。ただにこやかに、たあいのない話をすることを、彼女たちは好んだ。
「調子、どう」
「たのしいよ」
「ほんとうに?」
「ちょっともやもやするかも」
「やっぱり……」
 心配そうに言う未来に、でもだいじょうぶ、と響は言った。
「へいき、へっちゃら」
 響にしてみればこれは本音のつもりである。が、未来は容易に信じない。未来にしてみれば響の「へいき、へっちゃら」ほどあてにならないものはない。たいていは、へっちゃらじゃないときにくちにだす、と知っている。
「なにかあったら、ちゃんと言ってね」
「わかってるよ。未来にはうそつかないから」
「なにも言わないのもなし」
「ちゃんと言う」
 未来は、約束よ、と、それから、
「おやすみ」
 と言って、電話をきった。
 朝、未来が迎えに来た。そのとき誕生日プレゼントをうけとった。すぐに包装をといて、なかにあった二つのヘアピンをとりだし、それを両側頭部の髪につけた。
「ありがとうねえ、未来ちゃん」
 と言ったのは響の母だった。響はその母に包装紙をわたすと、
「じゃあ、いってきます」
 と言って家を出た。
 登校途中、響はなれない手つきで髪をいじりながら、
「似合ってる?」
 と言った。すると未来は、
「似合ってる、似合ってる」
 と多少はしゃいだように答えた。
 それをみて響もすこしはしゃぎたい気分になった。

 立花さん、とよばれる。
 未来以外のだれからも、響は、立花さん、とよばれた。すこしまえまでは、
「ねえ、立花さん」
 とクラスメイトに話しかけられるたびに、響は内心どきりとして緊張がはしった。最近はそれほどでもないが、会話をつづけるのはやはりちょっと緊張する。
 ――ねえ、立花さん。
 ――立花さんはさ。
 そのつづきが響はどうしようもなく怖いのである。
 そのときたまたま未来は席をはずしていて、響はぼんやりとほおづえをついて自分の席に座っていた。
 突然、
「ねえ、立花さん」
 と声をかけられ、響はおどろき、
「ひゃっ」
 と、まのぬけた声をあげてしまった。
「立花さん、だいじょうぶ? ごめんね、おどろかせちゃって」
 その女子生徒は、そう言うと、おがむように両手をあわせて謝った。
「ご、ごめん、なんでもない」
 響はあわてて言った。
「それでね、思い出したんだけど、立花さんって、たしか今日が誕生日よね」
「え――」
 また心臓がどきりとした。どうしてそれを、と思った。誕生日など、一年生のころの自己紹介のときにしか、ほかの生徒に教えたことはない。おぼえている者がいたというのか。
「うん、そうだけど……」
「あ、やっぱり! わたし記憶力いいほうだから!」
 話しかけてきた女子生徒はうれしげに言って、響の手をとり、
「お誕生日おめでとう!」
 と大きな声で言った。
 するとその声が他の女子の関心をひいたのか、
「え、立花さん、きょう誕生日なの」
 そういう声とともに、おめでとう、と、教室からまばらに祝いのことばがあがった。
「知らなかったから、プレゼントもなにもないけれど、立花さんおめでとう」
 そう言う子もあれば、
「立花さん飴なめる? のど飴だけど」
 と言って、のど飴の缶をさしだしてきた子もいた。
 家族と未来以外のだれかから、誕生日を祝われることが、響にはどうにもふしぎなことに思われた。ふしぎであったし、またおそろしくもあった。それほど、このことは響のなかではありえないことだった。思いかえせば昨年の誕生日以外は、未来や家族以外にも、数名のクラスメイトが祝ってくれた。小学生のころからそうだった。昨年のただ一度だけが例外で、その例外が響のなかではあたりまえになっていた。
 そのあたりまえを、いま突然くずされた。姓名も知らないクラスメイトによって、つきくずされたのである。
 響はにわかに動揺した。
 ――未来は。
 と心のなかで未来にすがった。未来はまだもどってこないのか。まだ帰ってこないのか。響は未来が教室にもどってくるのを待った。はやく帰ってきて助けてくれるのを待った。誕生日を祝われることが、助けを必要とすることかどうかはわからなかったが、とにかく響は未来を求めた。
 お礼を言わなくては、と動揺した心のうちで思った。おめでとうと言われたのだから、ありがとうと言わねばならない。未来にも家族にもそうしたのだから、ここでもそうしなければならないと思った。
 あせりと緊張をおさえつつ、ただぎこちなく手をあげて、
「ありがとう」
 と小声で言った。周囲の生徒たちに聞こえただろうか。なにもかもが不安だった。
「そのヘアピン、まえはつけてなかったよね? もしかして誕生日プレゼントなの?」
「え、あ、うん。未来に、ええと、小日向さんにもらったんだ」
 下の名で言ってつうじるかどうかわからなかったので、いちおうそう補足した。
「へえ、さすが、幼馴染み。早業ねえ」
「すっごく似合ってるよ」
「かわいい」
 だれかの手が、響の肩をたたいた。
 だれかの手が、響のヘアピンをさわった。
 だれかの手が、ぎこちなくあげられたままの響の手にふれた。
 だれかが、おめでとうと言ってくれた。
 だれかが、似合っていると言ってくれた。
 だれかが、かわいいと言ってくれた。
 あたたかくもつめたくもない温度だった。
 心のなかがもやもやとする。頭のなかが混乱する。
 しかしながら響は、からだじゅうに走っていた緊張が、かすかにとけたような気がした。

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