「あたしがいちばん仲良かったと思うんだよね、トライアドのなかだとさ」
一周忌にかこつけて、故人を偲ぶという名目で、いつものファストフード店に集まって思い出話に花を咲かせていると、加蓮だけがどんどん不機嫌になっていった。
奈緒と凛は顔をみあわせた。急になにを言い出すのか。
「あー、うん、そうだな」
「それがどうかしたの」
ふたりはきわめてめんどくさそうに相槌を打ったが、じっさい加蓮の言うとおりだった。歳は三つほど離れていたが、よほどうまがあったのか加蓮とちとせはよくつるんでいた。千夜をのぞけば事務所でいちばん仲が良かったかもしれない。
「その千夜ちゃんをお願いね≠チてやつ、あたし一回も言われたことないんだけど。おかしくない? おかしいよね。うん、おかしい」
加蓮はひとりで問うてひとりで答えひとりで賛同した。
――なんだそんなことか。
と、奈緒と凛は口には出さないまでも顔で思い切り呆れながら、加蓮が注文し加蓮ではとうてい食べきれない山盛りのフライドポテトを、当たり前のように自分たちで処理していった。
それから凛が、
「ちょっと言いづらいんだけど、もう三四人、言われたひとに心当たりがある」
「だれに言ったのかだいたい想像つくのがなんか腹立つ」
「だれだと思う」
どうせ奏とか美嘉とかそのあたりでしょ、と加蓮が言うと、凛は嚥下しながらうなずいた。凛は加蓮とは逆に千夜と親交があったので、奏たちが千夜をそれとなく気遣い見守っていることを知っていた。
加蓮はため息を吐いた。同年代の親友のような、気の置けない関係を構築できたと思っていたのである。それは自分だけだったのだろうか。
「儚い友情だったなあ……」
「しんみりする方向が違わないか?」
語尾をしめらせる加蓮に奈緒は言った。今日の集まりは故人を偲ぶ会のはずである。いつもの店でいつもの三人がだべっているだけだとしても。
「いや、けっこう本気でショックなんだけど」
加蓮はさっきからストローをくわえてコーラを飲むしぐさを何度かしているが、さっぱり飲んでいなかった。ショックを受けたのは事実なのかもしれない。が、奈緒と凛はあまり信じなかった。それにしては加蓮の口調がいちいち大げさで軽かったからである。
凛はうーんとうなったあと、
「たとえばなんだけど、もしほんとにそう言われたらなんて返すつもりだった?」
「自分で面倒みろって言う」
加蓮は即答した。
凛は食べていたポテトをふきだしそうになった。予想していたこととはいえ、あまりにためらいなく言い切るものだから、なんだかそれがむしょうにおかしかった。
奈緒もちいさく声を出して笑ったが、べつに凛につられたわけではなかった。奈緒は奈緒で、加蓮に対して呆れるような、あるいは愉快であるような、褒め称えたいような、そんな気持ちがないまぜになって笑ったのだった。
「お前はそういうやつだよ」
言ったあと、しまったな、と思ったが、もうおそかった。あきらかに称賛として受け取られる言い方ではない。
はたして加蓮はますます機嫌をななめにした。
むすっとしたまま、飲むふりをするだけだったコーラを飲み出し、ポテトに手を伸ばした。ささやかなヤケ食いである。
加蓮としても具体的にどうしてほしかったというものはなく、ただなんとなく釈然としない気持ちになって、愚痴のひとつでも言いたくなっただけなのだろう。
「なんかねえ、友達甲斐がないっていうか」
ストローをもてあそびながら加蓮が言った。
「まあ、頼まれてないほうが事務所の大半だから」
と、凛は慰めにもならないことを言って、また加蓮のむすっとさせた。たぶんわざとだ。
ひどいこと言うなあと思いながら、奈緒はメロンソーダを一口飲み、天井を仰いだ。
凛の言ったとおり、事務所にいるほとんどの同僚はべつに千夜のことを頼まれてはいない。ちとせとも千夜ともとくに親しい間柄ではないからである。加蓮はそのなかにあって例外的にちとせとの親交が深かった。友達甲斐がない、とはそういうところから漏れたことばなのだろう。
ところで、自分の交友関係を千夜に横流しにすることが常態化していたちとせには珍しく、加蓮にそれをおこなった形跡がない。加蓮が千夜と付き合いをもつようになったのは凛を通じてのことであって、ちとせではなかった。
このふしぎな分断は、ちとせが意図してやったことではないかと、奈緒は想像している。すべて千夜のために行動していたちとせが、千夜とは関わりのないところで自身のためにつくった友達が、加蓮だったのではないか。
――あとで凛に話してみよう。
そうして次の命日までに加蓮がそこに思い至るかどうか、ひとつ賭けでもしようか。
奈緒はそんなことを企んで、ひそかに笑った。
了