酒と美波と楓とウーロン茶

 ――美波ちゃん、今日はこのあと予定空いているかしら。
 ――美波ちゃん、おうちまで送っていってくださいな。
 ――美波ちゃん、今夜はおうちに泊まっていきなさいな。
 楓の問いに美波はばか正直にも全部「はい」と答えてしまった。
 飲めない酒の席でウーロン茶を飲んで過ごして、飲んだくれた楓さんを介抱して、それから家まで送りとどけて、ここまではいつもどおり。泊まっていきなさいな、なんて初めて言われた。それにも「はい」と答えて。
 来客用のお布団はあそこにあります、お布団はそこに布いてちょうだい、言われるままに、ベッドのとなりに布団を布いた。それだからすぐに眠るものだと思ったらそうではないらしくて、
「美波ちゃん、お酒つきあってくださいな」
 ソファに腰かけていつのまにひっぱり出したのか空のグラスをゆらして、彼女はにこにことごきげんに笑って。
 種類もわからないとりあえず「お酒」としか知らない瓶の中身を楓のグラスにそそいだ。自分も喉が渇いたので冷蔵庫をかってに開いてウーロン茶をグラスにそそいで飲む。すると楓はなにがおもしろいのか美波のグラスに自分のグラスをこつんとあてて、「おんなじ色ねえ」なんて言って酔ってだらしのなくなった頬をいっそうゆるめた。
 しばらくすると楓はまた言った。「美波ちゃん、お酒につきあってくださいな」
 酔っぱらいすぎて不明になっているのかもしれない。お酒を飲んでいないときは駄洒落以外は非の打ち所のない偉大すぎる先輩なのだけれど。美波はハアと溜息を吐いた。
 その溜息の意味を正しく聞きとったのかそうでないのか。楓はゆるゆると首を振って、
「時計は0時を過ぎました。ボオンボオン。0時、ちょうどを、お知らせします。キンコンカンコーン」
 そう言うと美波のグラスを取り上げて、飲みかけのウーロン茶を飲み干して、そうしてそのグラスに自分が飲んでいたお酒をそそいで、
「美波ちゃん、お誕生日おめでとう。これで20歳、おとなになりましたね」
 あっけにとられる美波に、それはほんとうにうれしそうにこれで一緒にお酒が飲めますね、だって美波ちゃんって誘うと必ず飲み会に来てしまうけれど、飲めないものだから、いつもちょっと居心地が悪そうだったけれど、もうそんなことはないものね、と言うのだった。
 美波が成人したからといって飲酒するかどうかは、また別の話なのに、でも酔った頭だから仕方ないこと、心底嬉しそうにしている顔を見ていると、なんとなくそれも言いづらくて、せっかくもらった一杯、最初のひとくちを、グラスに唇を当てて舐めるように飲んでみた。
「おいしいですか?」
「あつい、です」
 味はわからない。楓さんにはもうしわけないけど、しばらくはまだウーロン茶でいいかなと美波は思った。

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