きっかけなんて自分でもわかりやしない。
頭の奥の方でちりちりと焼き付くような感覚があって、その熱に押し出されるように冷えた両手が彼女の体を押し倒した。
なぜ、と聞かれたら、多分答えに詰まっただろう。
それでも言い訳するなら「あなたが悪い子だから」と私は言うかもしれない。
そんなことを言う私はきっと悪人なのだろうけれど。
ミナミ、どうして。
ミナミ、怖いです、ミナミ。
どうして、ミナミ、そんな怖い顔しますか。
どうして、どうして。
怖い瞳で私を見るのですか。
ああ、ミナミ、その怖ろしい目で私を見るあなたは。
本当に私の知っているミナミですか。
どうして……
あんまりにも怖い怖いと言われたものだから、彼女よりうんと年上で、彼女からは優しいよいお姉さんと慕われている者としては、ここはお姉さんらしく、かわいい妹分の恐怖心を、ちょっとくらいは取り除いてあげるのが優しさというものだろう。
だから怖ろしいらしい瞳が全然見えなくなるように目をふさいであげた。ちょうど仮眠用のアイマスクがあったので、それを使って。
いつもはきらきらと輝いている澄んだ青い瞳が、恐怖でゆらゆらと揺れている。それがまっ黒な布におおわれて、全くなんにも見えなくなった。私も、この子も。
ミナミ、どうして、と震える声で問うばかりで、抵抗らしい抵抗もしないのは、きっとこの子がとても良い子で、純粋性の高い心の持ち主で、ようするにそれが私にとってすこぶる「悪い子」だったためだと思う。
あなたがもっと強烈に拒んでくれないと私はもう自分をとめることはできないから、無責任にも年下の幼いパートナーに事の是非を丸投げして、非の声が上がらないかぎりは、ねえ、アーニャちゃん。
悪いことも卑しいこともなんにも知らなさそうな真っ白い心と真っ白い体のアーニャちゃん。
今はいろんな感情がぐるぐると回って、アイマスクからつと落ちてきた涙も、哀しみのために赤くなった頬も。
これから全部、違うものに変えてしまうけれど。
いいよね、アーニャちゃん?
だって、アーニャちゃん。
あなたは私のことを大好きだから。
ほら、だって、閉ざされた視界のなかから不安げに手を差し伸ばして、おそるおそる私の服の袖をさぐりあてた、その手は、こんなにも私を求めて縋っている。
――怖いです、ミナミ。
うん、怖いね、アーニャちゃん。
――助けて、ミナミ。
うん、助けてあげる。アーニャちゃんを「怖い」から助けてあげる。怖いって気持ち、全部すっかり別なものに変えてしまってあげるから。
あなたのよく知る優しいお姉さんに、あなたの無垢な心をあずけてしまって。
そうしたらきっと、あなたは、私を。
それでも、私を、憎めはしないのでしょう。
その感情を抱えるすべさえ知らないあなただから。
了