青梅と高垣楓

 梅の実の匂いが鼻につーんときました。
 もう匂いだけですっぱいのがわかりますが、この青い梅の実を食べるわけではありません。
 今日は楓さんのおうちに梅干しを漬けるお手伝いをしにきたのです。楓さんは毎年この季節になると(この季節というのは六月なかばのことです)梅干しを漬けるそうで、漬け物と言えばたくあんや白菜でさえお店で買うばかりで、糠床ひとつもたないわたしには、梅干しをつくるなんていうのは、あたりまえですがはじめてです。梅干しって家でつくれるんですね、知りませんでした(と言うと楓さんはたいそう驚いて「梅干しってお店で買うものなんですか」と言いました)。
 今日は梅干しづくりの下準備の日です。梅の実を水で洗い、布巾で、拭き、ヘタをとります。形のわるい梅はよりわけて、これはあとで梅酢をつくるのにつかうそうです。拭きおわるとベランダに干します。これが本日の全行程です。
 わたしと楓さんは無言で梅の実を拭きました。ひとつひとつ摘みあげて水分を拭います。大きすぎる梅もよけてくださいと言われたので、どれくらいですかと聞くと、これくらいの、と楓さんは指で輪をつくりました。なのでそれくらいの梅の実をべつのお皿によけました。
 梅の実を拭きます。
 水を拭います。
 梅の実をよりわけます。
 ヘタをとります。
 梅の実の水分をとります。
 ひたすらおなじことをくりかえします。
 蟹を食べているときのようだと思いました。
 そう思っていると、
「蟹を食べているときみたいですね」
 と言いました。
 ベランダに梅を干しおわると、外はすこし暮れの色に染まっていて、わたしたちはすこし早い夕食をと、評判の鍋物屋さんにゆきました。
「梅干しができたら、また家にお招きしていいですか?」
「ごちそうしてくださるんですか。それはぜひ……あ、でもわたしはちみつのものしか食べたことなくて……」
 と言うと、
「それはすこし」
 楓さん笑って、
「美優さんにはきついかもしれないですね」
 ――でも梅はうめえんですよ。
 って、そのだじゃれはちょっと言うのが早くないですか、楓さん。

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