はっさくと高垣楓

 楓さんははっさくをむけない。

 こつがあるんですよ、と楓さんは言った。
 例によってご実家からおくられてきたという段ボール箱いっぱいのみかん。みかんだけじゃなくほかにもいろいろな柑橘類がはいっていた。
 それで、楓さんのおすすめがはっさくだった。
 皮むきに悪戦苦闘するわたしからはっさくをとりあげた楓さんは、
「こう、ぐっと、ちからをこめて、ずいっと指をおしすすめて、べりっと……」
 もう最初の、ぐっ、のあたりでもう、楓さんはにっちもさっちもいっていなかった。
 とにかくかたて、これでもかとかたいはっさくを、楓さんはどうすることもできなかった。口ぶりからは食べなれているようすだったのに。(あまずっぱくておいしいらしい。楓さんはすっぱいのが好きみたい。わたしは苦手なたちだから、ごはんの趣味があわない。料理のときなどにちょっと困る)
「だから、こう、ぐっと。あの、ぐっと」
 ぐ、ぐ、とめいっぱいちからをこめているのはわかる。
 でも、楓さんのたてた親指は、その長い爪の半分もはっさくの表皮にくいこんではいなかった。
 わたしは段ボール箱からもうひとつはっさくをとりだして(似たようなのがいくつかあったけど、これが一番かたいからきっとこれがはっさく)
「ぐっ、ですよね」
 ぐっと指をたてる。なかなか爪がはいらない。ちからをこめて、たてる。たてる。つきさす! 指をおしすすめて、ぱかっ。
 はんぶんに割れた。
 なかをみるとびっしりと薄皮がはりめぐらされていて皮と房を強固につないでいる。これはそうそうむけるものじゃない。割るのが正解だったのかな。楓さんはそうは言わなかったけど。果肉のはしっこがちょっとつぶれていて、果汁がすこしもれていた。それが親指についているので、わたしははしたないと思いながら、指をちょっとなめていた。す、すっぱい。
 すっぱい顔をしていると楓さんがにこにこしていた。親指をたえまなくはっさくにつきたてながら。
 わたしがこういう顔をすると楓さんはにこにこする。
 なにがおもしろいのだろう。
 いっこうにむけないようなので、わたしは楓さんからはっさくをとりあげて、ぐっ、ずい、ぱかっ、と割ってあげた。皮をむくというより皮から身をはがすかんじ。うん、こっちはいくぶんらくだ。
「あーん」
 と楓さんが言ったので、果肉をひとつとって薄い皮をめくり、あーんしてあげた。
 楓さんもすっぱそうに口をもごもごさせながら、しあわせそうに笑った。
「あんまり甘くないですね」
「そこが、おいしいところなんですよね」
 楓さんはすっぱいものが好きだ。
 わたしは苦手。
 でも、はっさくはおいしかったです。

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