みかんと高垣楓

 三船美優です。
 突然ですが、和歌山って独特のむき方ありますよね。おみかん。
 わたしもそれを習ってみようと楓さんのおうちにおじゃましたとき、言ってみたのです。
「なんちゃらむきですか? なんちゃらといっても和歌山むきとしか言いようがないですが、ええ、ありますねえ」
 と楓さんはおっしゃいました。
「残念ですがわたしからはなんとも、お教えできません」
「それはなぜ」
 じつは和歌山秘伝のむきかたなのでしょうか。わたしは一瞬そう思いました。でもそのわりにネットに動画が上がっていた気がします。かくいうわたしがそれでそんなむき方があることを知ったわけでして。スーパーでおみかんを買ってその動画どおりにしてみたのですが、どうにもうまくいきません。やっぱりこつがあるのでしょうか。
 そんな失敗談を楓さんにお話ししますと、
「かんたんにすばやくむける!(わたしのスマートフォンで見せた動画のタイトルです) ようで、あんがい、むずかしいんでしょうねえ」
 とぼんやりお答えになりました。
 なにか他人事のようなくちぶりが気になりました。楓さんは和歌山の出身だったとうかがっているので、きっとおみかんのむき方も和歌山流のとても上手なむき方なのだとばかり思っていたわたしは、首をかしげてしまいました。
「父や母はそんなむき方でしたね。わたしはしませんでした」
 と楓さんは苦笑しながらおっしゃいます。
「しません、はちがいますね。できないんです。なんどやっても房がつぶれちゃって」
 部屋の隅には段ボール箱があります。段ボール箱いっぱいにおみかんがあります。楓さんはそれを二つ、手に取って、一つをわたしにくださりました。
 楓さんがおみかんをむきます。和歌山むきといものです。実は皮ごとつぶれ、汁がとびちり、割った瞬間に薄皮がやぶれて中身がバアっとひろがりました。大失敗です。
「これです」
「それはそれは……」
 楓さんは意外に不器用なようです。
 そういえばこのひとははっさくをむくのも苦手でした。
 仕方がないのでわたしはふつうのむき方で皮をむきました。
「おひとつどうぞ」
 一房とってさしだします。
「これはこれは、どうも」
 楓さんはあたりまえのように手ではなく口でうけとろうとします。
 わたしはひとつ、仕方ないひとですね、って笑いながら、口のなかにほうりこみました。
「おいしい……」
「ですね」
 わたしも一房食べます。
 楓さんはまた口をさしだして催促しました。
 しょうがないひとだとおもいます。
 甘えん坊さんだとおもいます。
 けれど、わたしは。
 わたしはそれが、だいぶん好きなのです。

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