バレンタイン・パーリィー

「まずいな」
「まずいね」
「どうする」
「どうしよ」
 クリスと響は顔を見合わせ、溜息を吐いた。
 六畳一間のアパートの一室の、そのテイブルの上に、大量のチョコレートが置かれている。どれもこれもかわいらしくラッピングされていて、中にはメッセージカードがリボンに挟まれているものもある。
 困ったことに、このチョコレート群の受取人は一人ではなく二人ではなく三人ではなく四人いる。
 それがごちゃまぜになってテイブルに置かれている。
 カードの付いているものは受取人がはっきりとしているからよいとして、それ以外は誰に渡したかったものなのか、もはやさっぱりわからない。
 まず響自身が友人やクラスメイトに貰った物がある。そこに翼さんに渡してほしいと頼まれたものがそれよりはるかに多く響の手にもたらされ、ついで少量ながら創世宛にも配送を頼まれた。長身ショートヘアの彼女はあんがい女子から人気がある。
 そしてクリス自身がやはりクラスメイトらから貰った物と、翼さんに渡してほしいと頼まれたものがこれまた大量にクリスの手にもたらされた。
 それが見事に混ざった。
「困ったな」
「困ったね」
 曲がり角で誰かとぶつかることにかけては、自分は天性の才能があるかもしれないとクリスは思った。あってどうするそんな才能。
「先輩宛やつさ、髪の毛とか精子とか血液とかがまじってるってフィーネが昔い」
「おおおおおんなのこがせいしとかいっちゃいけません!」
 響はテイブルを叩いた。チョコレートの山がちょっと崩れる。
「そんでこれどーすんだよ」
「どーしよー」
「先輩のやつは捨てちまうんだよなあ」
 翼宛のメッセージカードの付いた長方形の箱を一個手に持って、愛情を打ち明けた文章を読んだ。カードまではさすがに処分しないだろうとは思う。
「緒川さんが言ってたよね……食べ物飲み物はNGって。とくに手作りのは」
「実際ヤバイのまじってんだろうな。髪の毛とか精子とかこんなかに」
「だからそういうこといっちゃいけません!」
 またテイブルを叩く。山がさらに崩れる。二三個畳に落ちた。
「全員集めて全部食っちまえばてっとりばやいんだけど、へんなもんまじってるかもしれねえからな、先輩のは」
 精子とか、と言う前に響はテイブルを叩いた。
「なんも言ってねえよ」
「言おうとしたんでしょ!?」
「したけど」
「だめじゃない!」
 響は顔を真っ赤にして言った。顔を真っ赤にするほど怒るようなことか? クリスには理解できない。
 それはともかく困った。ぶっちぎりに厄介なのは翼宛のチョコレートだ。これさえなければ、いくつかの良案らしきものはふたりの頭に浮かんでいた。
「うーん」
 ふたりで腕を組んで唸る。
「あ、そうだ」
 響がひらめいた。
「なんだ? なんかいいの思いついたか?」
「X線!」
「X線?」
「うん。二課の設備でね、X線検査してへんなのまじってるやつだけ取り除いて、あとは二課のみんなと創世ちゃんたちも招待してみんなで食べる……とか、どうかな」
 おお、とクリスは感心した。それは名案だ。
「便利だなX線。まあどうせ渡してきたやつは、誰がどれ食ったかなんてわかんねえしな。誰が食ったって同じだよな」
「だよね、だよね」
「ようし、オッサンに電話してみっか」
 クリスは携帯電話を取り出した。
 翼宛のチョコレートもなにからなにまで処分されてはかわいそうだろう。いくらか拾ってやって食べてやれば、廃棄処分になるチョコレートたちへのちょっとした供養になるだろう。誰の腹におさまるかは知らないが。無事に先輩の腹におさまるといいな。運悪くあのふ……ふ……オペレータの腹に入ったら悲惨だな。なむさん。
「あ、もしもし、オッサンか? あたしだよあたし、ちょっと頼みてえことがあんだけど、いいか?」
「振り込め詐欺みたいだよクリスちゃん」
「今日バレンタインだろ? それでチョコが大量にあんだけどさ、中に先輩宛のやつがあってさ、そうそう、せい、じゃなくてへんなもんまじってるかもしれないからな、でも全部捨てるのってかわいそうじゃねえ? だからえーX線検査? ってやつで? ヤバイのだけのけるってできねえか? そんでさ、みんなで貰ったチョコ持ち寄ってみんなでそれ食おうぜ。――おうわかった。よろしくなー」
 クリスは電話を切った。
「どうだった」
「検討してみるって。あとでこっちに電話するってよ」
「ケントーかー」
 微妙なようなそうでないような。響は畳に両手を付いて、天井をあおいだ。
 クリスは窓の外を見た。
 ちらほらと雪が降っている。部屋に帰って来た時は降っていなかったのにと思いながら、クリスはにわかに寒さの増したのを感じて、ストーブの温度を上げた。
「寒いね」
 響は言った。
「腹減った」
 クリスは言った。
「チョコ食べちゃう?」
「どれが食えるやつなんだ?」
「未来に貰ったのだったら、ちゃんと別に取っておいたからだいじょうぶ」
 えへへと響は笑った。
 クリスが未来から貰った物は、残念ながらテイブルの山を形成する一部分になっている。
「箱あけたら、未来からクリスちゃんへのだってわかるよ」
「そうかい、そうかい」
 いかにもあの子らしいこまやかさだとクリスは胸にあたたかいものを感じた。あれ?
「なんで知ってんだ?」
「となりで作ってるとこ見てたからね」
 響は言いながらかばんをごそごそと物色し始めた。
「それでーこれがー、私からクリスちゃんへのバレンタインチョコ!」
 かばんからチョコレートを取り出し、テイブルの下に通す。
 クリスは腕を伸ばしてそれを受け取った。
「おう、サンキュ」
「クリスちゃんから私にはないの」
「ねえな」
「それは残念……ほかは誰かにあげる予定ある?」
「全然ない」
 と言ってから、ひとつ、思いついたことがある。ひとり、思い浮かんだ顔がある。
「なあ、お前こいつは、誰から誰に、ってわかるようになってるのか?」
「ううん、わかんないよ。私チョコ作れないからふつうの市販のやつだし。カードもなにもないよ」
「そうか、じゃあこれ使わせてもらうわ」
「え」
 響がデパートかどこかで買って来た市販のチョコレートだ。ヤバイものが混入していることは、販売・製造側にミスでもなければ、まずありえないだろう。こいつは使えるとクリスは思った。
 かばんの中からペンケースとノートを取り出し、一枚ちぎって、さらに半分に切り、そこに三色ボールペンで、数行の短いメッセージをしたためた。それを今度は半分に折って、箱のリボンのあいだに差し込む。
「これでよし!」
「よくないよ!」
 響は今まででいちばん激しくテイブルを叩いた。山が崩れてどばどばと畳にチョコレートたちが落下する。
「これはもうあたしのもんだ。だからどう使おうがあたしの自由だ」
「ひ、ひどい……」
 響はがっくりとうなだれた。せっかくのそうした好意をこんなかたちで、しかも目の前で見せつけられては、響もたまったものではない。
「誰にあげるのかは知らないけどさあ、まだ時間あるんだから、今から買いに行けばいいのに……私付き合うよ?」
「もう今月の給料スッカラカンでちょいと前借りしたばっかだ。むり」
「どんな無駄遣いしたの!?」
「無駄じゃあねえよ!」
 クリスはむっとした。用途を言ったわけでもないのに、即座に「無駄」と決め付けられるのは気分がよくない。
 会話が途切れてしまった。
 なんとなくいやな空気がただよう。
 互いにいごこちの悪さを満腔に感じはじめた頃、ちょうど弦十郎から電話があった。
 クリスの顔がぱあっと明るくなった。それを見て響も期待に眉を開く。
「うん、うん、そうか――。オッサン、ありがとうな」
 クリスは電話を切り、響に向かってぐっと親指を立てた。
「チョコレートパーリィーだ!」
「チョコレートパーティーだ!」
 ふたりはそう叫んで立ち上がった。
「りぃ?」
「てぃ?」
 一瞬疑問符が浮かんだが、まあどうでもいいや。
 響が両手を、掌を上にして差し出した。
 クリスは両手でそれを叩いた。それから掌を上にして響に差し出す。響もそれを叩く。最後に正面でひときわ大きな音を立ててハイタッチをした。
 さあ、あとはあの澄まし顔にこのチョコレートを渡すだけだ!
 クリスは意気揚々として二課からの迎えがくるまでのあいだ、休むことなく響と浮かれ歌い踊りつづけた。

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