ぱんぱかパンケーキ

 パンケーキを作ろうという話になった。
 響と未来がそういう話を決めた。クリスちゃんのおうちでパンケーキを作ろうという話を響がして、未来がそれにうなずいたのだ。クリスの目の前でそういう取り決めをした。むろんクリスは許可していない。クリスは文句を言った。
 それでも響と未来はクリスの家にやって来てパンケーキを作る準備にとりかかった。クリスは文句を言った。
「クリスちゃん、ほら、ほら」
 と響は言うわけだから、クリスも強制参加になった。パンケーキを作る気などない。
 パンケーキを作ろうと響は言ったのに、トートバッグから出てきたのはホットケーキミックスだった。
「なにを作るって?」
「パンケーキ」
「ホットケーキミックスって、書いてるじゃないか」
「なんでもできんだるよ、これ。クッキーもプリンもシフォンケーキだって作れるんだよ。もちろん、パンケーキだって作れる」
 それはすごいことだとすなおに感心したが、作りたければ家でかってに作ればいいだろうに、なぜわざわざひとんちの台所をつかうのか。
「クリスちゃんも一緒に作るんだよ!」
 と響は言うが、クリスにその気がないのは最初に言ってある。なんで参加しないといけないのか。
「そのほうがたのしい!」
 それはおまえの主観で決めることか。あたしがたのしいかどうかを。
 たのしいかどうかというと作業工程の大半をうしろで覗き見していただけのクリスにはけっきょくたいしてたのしくはなかったし、響は響で「クリスちゃんも、クリスちゃんも」と言うわりには本気で強要はしてこないし口だけだった。それはそうだ。なんといっても立花響なのだから。
 しかしたのしいかどうかはさておいて、うれしいかうれしくないかでいえば、まあちょっとはうれしかったかもしれない。響は知らないだろうが、実はクリスは未来のことを憎からず想っているので、自分の家に遊びに来るのは、それはなんといってもうれしいものだ。ただその場合発起人であるところの響がお邪魔虫になってしまうが、響がいなければたぶんうれしい気持ちを湧かすどころではなく、あわあわと慌てふためいていたことだろう。
 パンケーキを作ろうという話だった。
 できあがったのを見るとパンケーキではなくてホットケーキだった。ホットケーキミックスで作ったまぎれもないホットケーキだった。そこにはちみつとバターをのせた、ふつうの家庭のホットケーキだった。
「ホットケーキじゃないかこれ」
「うん、ホットケーキだよ。パンケーキだよ」
「いや、だからさ」
 どうも話がおかしいぞ、とクリスは思った。
「パンケーキってなんだ?」
 響ではらちがあかないと思ったクリスは未来に訊いた。たぶんこういうどうでもいいような質問も、響がいなくてはできない。それくらいクリスは未来にまいっている。
 リビングに皿を運んで、テレビをつけて、それで思い思いの場所に座った。上座と呼べるものはないが、しいていえばテレビの真正面のクリスの位置がそれなのだろうか。客をさしおいて座る場所ではないかもしれないが、べつにクリスはふたりを客として招き、もてなしているわけではない。
 ホットケーキ兼パンケーキをつっつきながら話すことといえば、
「ホットケーキじゃないの?」
「そうなのか」
「クリスちゃんちのパンケーキってホットケーキって言わないの?」
「言わねえなあ。ホットケーキのことをパンケーキと言ったりもしねえ」
「じゃあなんて言うの?」
「パンケーキはパンケーキだしホットケーキはホットケーキ……」
 言ってから、はたと、思い出すものがあって、
「たぶん、クレープ」
「クレープ?」
 響が身をのりだした。
「クレープって言うんじゃないのかな、おまえら風に言うなら。それのことパンケーキって言って、ママがおやつに作ってくれた」
 とクリスが言うと、にわかに納得したように未来が笑った。うーんきれいだ。かわいい。
「あっわかった。そうだったんだ」
「うん?」
 響はまだわかっていないらしい。
「イギリス風のパンケーキだね」
「そうなるのか。名前はよくしらないけど」
「うん、パンケーキ。薄い生地のだよね」
「えっ薄いの? ぶ厚くないの? それってさびしくない?」
 響がふしぎそうに言う。薄いホットケーキはたしかにがっかりだ。
「ええと、ちょっとまってて」
 未来はスマートフォンを取り出してなにやらタップし始めた。それからモニタをクリスと響に見せた。
「ああ、これだ」
「クレープだ」
「イギリスのパンケーキだよ」
 検索バーにはたしかに「イギリス」「パンケーキ」とあった。
「じゃ、今度はそっちだね」
「これもホットケーキミックスでできるのか」
 いつのまにかちょっと乗り気になっている。それがわかったのだろう、未来もにこにこときげんよく、
「できるけど、生地がホットケーキミックスで作ったとしか言いようがない味になるから、いちから作ったほうがいいかな」
 と言った。
「ああ、だよねえ……おなじなんだよねえ……」
 響はおおきな溜息を吐いた。ホットケーキミックスに頼らないお菓子作りはとたんに難度があがる。それはもうとんでもなく跳ね上がる。お菓子作りなどしないクリスにはわからないが、響にはちょっとはわかるのである。
「調べて、みんなで、作ろ。あれこれ失敗したり悩んだりするのも、それはそれできっとたのしいよ」
 と未来が言ったので、クリスはとくになにも考えずにそのとおりだとうなずいた。
 未来の言うことならなんでも肯定しそうな気がするちかごろの自分がいる。

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